眠る盃 向田邦子 講談社
向田邦子は昭和4年生まれだから、自分よりも18歳も年上であり、全く同世代とは言えないし、又、母の世代とはおよそ10歳は若い世代でもある。敢えていえば年の離れた姉の世代、とでもいうことのできる自分とはあまりなじみのない世代の作家であるにもかかわらず、この人が、自分の経験や身の廻りの出来事などを題材にして書いたドラマの脚本やエッセーなどの類に、いつも妙に同世代感や懐かしさを感じてしまうのはなぜなのだろう。
本書は、彼女が台湾での飛行機事故で突然この世を去った81年の2年ほど前に編まれた随筆集であり、彼女の死から既に30年以上が経過しているにもかかわらず、全くそんな時間の経過を感じさせない「今、彼女が書いた作品」といった感覚を持たせる新鮮さも、何故なのか？ 考えてみると実に不思議だ。
幼少時、転勤族であった父の勤務に従って各地を転々としたという経験が、同じく父の転勤に伴って全国各地を転々とした自分の子供時代とそっくりだというところにも、更に親近感を持つし、まして彼女が10才のころを過ごした鹿児島でのエピソードがか書かれた章などは、同じく10才からの5年間を鹿児島で過ごした自分の思い出とダブル部分などには、なんだか彼女が自分の姉でもあるかのような感覚をもってしまった。
本書に収められたいくつかの作品は、今はそうでもないかもしれないが、かつてよく中学、高校などの入学試験問題に使われたとも聞く。
確かに、親しみの持てる題材が、平易ながら作者の、喜びや、切なさ、悲しさ等々の感情を込めた文章で描かれ、小学生や中学生にも共感を得やすい文章で書かれているし、日本語としても美しく、まさにお手本的でもあるというところが、試験問題向きということなのかもしれない。
向田邦子が生きておれば、今、もう85歳になっているわけで―――月日の経つのは早い、とおもうと同時に、自分も歳をとって来たのだなぁ〜と感じる。
(82年6月発行)