地下水路の夜 阿刀田高 新潮社
阿刀田高は20歳の頃、肺結核を患い2年近い療養生活を送っているという。その療養生活中に様々な本を読んだことが、彼の後の作家生活における豊富なアイデアの源泉になっているらしく、旧約聖書、新約聖書、あるいはコーランやギリシャ神話などを題材にした作品群はそのころの読書体験が糧になっているようだ。
本書は12編の短編からなっているが、そのいくつかには彼の趣味の読書から得た実に碩学な知識が盛り込まれており、洒落ているし、何しろ、様々な引用、例えば、志賀直哉の「暗夜行路」中のセリフだとか、西郷隆盛の名言といったものには、ちょっと幻惑的ともいえる知識のひらめきが感じられて読む者に満足感を与えてくれる作用があるように思う。
又、同じくいくつかの作品に流れる主人公が過ぎ去りし日々を振り返って語る物語に流れる人生の寂寥感、無常観といったものも、読者の共感を呼ぶのではないだろうか。
やっぱり、この作家は「上手い」ということばが良く似合うと思う。
(15年4月発行)