戻り川心中 連城三紀彦 講談社
直木賞を受賞した「恋文」では男女間の機微を情緒的な文章で描き恋愛小説家としての才能を知らしめた連城三紀彦だが、彼が終生もっとも愛したのはミステリーを基本にした心理劇的な作品であった。
この短編集はそんな連城三紀彦の作風が非常によくあらわされた5編が収められている。
特に表題作となった「戻り川心中」は「恋文」で受賞する前に直木賞候補にあげられ話題になった作品だが、ミステリー調の中に男女の機微、あるいは才能に恵まれ過ぎた故に現実を超えた美しすぎる短歌を次々に作りだしてしまった男の葛藤を描いた作品で、文学的な価値もかなり高いと思える作品だ。
5編いずれもが、「花」をテーマにした作品でもあり、それぞれの花がミステリーのキーになっているという作品の凝り方も、この作家の才能の豊かさを十分表していると思う。
「戻り川心中」もよいが敢えてベストを選べといわれれば「白蓮の寺」でしめされた自分のもっとも好きな男との間にできた子供を守るために夫を手にかけてしまう主人公の母親、という入り組んだトリックに驚かされ、又、そこに描かれる母としてそして女としての「母」の情念の深さ、複雑さに、なんともいえない戦慄のようなものを覚えた。
作者は一昨年、他界しているが、もっともっと多くの作品を書いて欲しかったと思う。
(06年1月発行)