21世紀の資本 トマ・ピケティ― みすず書房
昨年12月の日本版発行以来、比較的高額な経済書としては異例のベストセラーとなりマスコミなどでとりあげられるばかりではなく、内容を聞きかじった与野党の議員さんたちまで、これを国会論戦で取り上げるなどの騒動を引き起こした本書だが、3月に買い求めて以来、結局読破し終わったのがその半年以上も後というのだからどうもかつてのような馬力がなくなってきたようにも思う。
いい訳をするならば、なんといっても総ページ数、600頁超の経済書（もういまさらそんなに読みたい訳でもない類の本）というそのボリュームが、色々他に読みたい本も多い中では、現役を退いた身にとってはちょっと重いということもあった。
そんな大著である所為もあって、本書の解説本の類がかなりの数発行されているし、新聞などにも本書の結論部分は、分かり易く解説されているようだから、手っ取り早くそちらに手を伸ばしてもよかったのだが、かつては経済書をあれこれ読み込んだこともあったという矜持からか、さすがに、この手のアンチョコには手を出さす、時間はかかっても読破してみようと挑戦して、遂には読み終えたことには、いささかほっとした気持ちもある。
本書は確かに600頁にも及ぶ大著ではあるが、マルクスの「資本論」やスティグリッツの「マクロ経済学」のような経済学体系について述べる物ではなく、現在も問題になっている「格差」の問題について、その構造、そして将来、さらには格差拡大を防ぐためのピケティ―なりの解決方法提言という、論点を絞った本であるという意味では、ある意味極めてとっつき易い本であるともいえる。
ただ、テーマは簡潔なものであるにもかかわらず、ここまでの大著になってしまった理由は、著者がこの「格差拡大」の歴史的事実を、何らかの数式によって示すのではなく、1870年以来の膨大なデータを繰り返し引用することによって、将来の傾向を演繹するという方法、すなわち「過去150年はずっとこの傾向が続いて来ており、現在、そして比較的推測が容易な将来においてもこの傾向が続くと思われるから、この理論は正しいハズだ」という論法で説こうとしていることによる。
すなわち、これでもかこれでもかと引っ張り出される過去の膨大な統計資料の山が、これだけのボリュームになったともいえる。
但し、「今まで原発で事故がなかったから、これから先も原発で事故は起きないだろうし、原発は安全だ」という理論が破たんしたように、このピケティ―論法が科学的、あるいは経済学的か？となると、ちょっと首をかしげたくなるところはある。（それに勝る膨大なデータが提示されていることに対しては彼の努力を認めるが---）
ピケティ―が結局本書で主張しているのは、「資本主義が今の形で進む限り、資本収益率（ｒ）は、GDP成長率（ｇ）を上回る。すなわち常に、ｒ>ｇの不等式が成立する以上、格差は拡大し続ける」というきわめてシンプルな結論なのだ。
確かに、現在、多くの国々で貧富の差は拡大しつづけていることは様々な統計数字が示しているから、あらためてピケティ―に「21世紀の資本主義は、宿命的に社会における格差の拡大に向かっている」といわれれば、おおよその人達は「確かに、ピケティ―がいう通りだ！」と思うだろうし、格差の拡大を「不正義」と取る人達（大部分の人たちはそうだと思うが）にとってはピケティ―理論がなにか御神託のように聞こえるかもしれないから、野党が「今の与党の政策は格差拡大に手を貸すものである！」という非難に使うだろうし、与党側もその手の批判にはオロオロするかもしれない―――。
ピケティ―理論の弱いところは、「格差は拡大する」という御神託を与えはしたものの、さあ、それを是正するためにはどうしたらよいか、という政策提言力が極めて弱い点にある。
ピケティ―は格差の解消は、高い累進税率こそが必要だと主張する。第二次大戦中、あるいは戦後復興期に国家財政がひっ迫した時に採用された極端にいえば高額所得や高額相続に対する98％にも及ぶ累進税率こそが格差是正の解決策だ！となると、「う〜ん」とおもわざるを得ない。
高い累進税率が是正された時期、各国で競争が活発になり社会全体の豊かさが増したという歴史的事実は、過去の膨大なデータの中では一顧だにされていないようだし、たとえばサッチャーが言ったという「金持を貧乏にしたところで、貧乏人が金持になる訳ではない」といった言葉をどう解釈すべきか、累進税率が極端になれば全体的な勤労意欲が落ちる（働いても、働かなくても貧しさは同じという世の中）ことについてはどうするべきなのか、についてもピケティ―は何も語ってはいない。
「格差拡大」という問題提起についてはピケティ―の本書の果たした役割は大きいとは思うが、そこを出発点にして、格差社会の是正策と社会の発展という二兎を追う方策については、一からやり直した方がよいのではないかとも思う。
(14年12月発行)