ジャス・トベイビー ポール・ブルーム NTT出版
人間のもつ「道徳性」とはそもそも何なのか―――。
この問題は社会学や人間行動学等、様々な方面から研究されていて何冊か興味深い本も出ているが（「道徳性の起源」 「モラルの起源」 「脳に刻まれたモラルの起源」 等々）本書も同じ問題について赤ちゃんの行動から迫ってみようという中々興味深い一冊である。
例えば、「赤ちゃんは、善悪の判断能力をいつ獲得するのか」については、従来、「赤ちゃんは両親や周囲の環境から善悪の判断能力を徐々に学んでいく」と考えられてきたが、著者は興味深いいくつかの実験を挙げ、その結論として「赤ちゃんは生まれつき善悪の判断能力を持っている」という。又、赤ちゃんが「同情心」や「親切」といったいわゆる道徳にかなった行動を自己判断でおこなうことなどの実験結果が示される。
しかしもちろん、赤ちゃんは、生まれつき大人たちが「正しい」と思っている道徳観の全てを完璧にもっている訳ではないということも示される。
例えば、赤ちゃんが動物的に生まれつきもっている「嫌な臭い」への生理的嫌悪が、「臭い」と感じる人や物に対する嫌悪や差別につながっているのではないか――といった指摘をはじめとする、さまざまな「人間の道徳観の発達」に関する指摘は、ある意味では新たな研究のための材料にもなりうるもので、もし、「あらゆる差別をなくす」という運動を行って行こうとするなら、こういった赤ちゃんの原始的な反応までさかのぼってその対策を考えていく必要があるからかもしれないし、逆に「差別」や「嫌悪」が善悪の判断を超えた人間の動物としての生理的反応に基づくものだという結論がえられるなら、むしろそれを変えようとすること自身、不可能への挑戦に過ぎないといえるかもしれない。
実に面白い一冊であるが、本書を読んだがために人間の道徳に関する疑問は、さらにふかまってしまったようにも思う。
(15年5月発行)