成長なき時代のナショナリズム 萱野稔人 角川新書
「ナショナリズム」の定義は何なのだろうか。
実は、「ナショナリズム」についての論争に於いてプロナショナリズム側も、アンチナショナリズム側も、それぞれが共通の「ナショナリズム」の定義をもたずに、勝手に自分達のあるいは相手側の「ナショナリズム」についての解釈を行って、勝手に批判しあっているようなところがあるから論争が決着をみることはないし、結局は水掛け論の果てに相手方を感情的に罵倒して終わるといったことになりがちだ。
著者は、「ナショナリズム」について、プロナショナリズム側は、「国家は国民のものだ」という国民主権の論理に基づいて考えており、国家におけるあらゆる資源が豊富にあった時には、まさにそれこそ理想的ともいえる思想だが、それが極端に傾けば、「日本国民が良ければそれでよし、国民以外の人間が限られた日本の資源にただ乗りすれば、日本人の取り分が少なくなる！」といった排外主義（アメリカのモンロー主義もそういう意味では強いナショナリズムといえるかも）にもつながるという。
一方、その反対になにがなんでも「ナショナリズムは悪だ」とするアンチナショナリズムは、ナショナリズムを例えば超国家主義と同等なものだととらえ（誤解し）、自由という普遍的な価値の破壊者だと考えてしまうという。
彼等にとっての最大の価値は、「自由」あるいは「最大多数の最大幸福」ということであり、これはプロナショナリスト達が考える「国民主権による国民の幸福の追求」と根底のところではなんら変わるところがない！という。
外国人の生活保護不正受給とか、難民あるいは移民の大量受け入れ、によって想起される日本社会、伝統文化の変質といった問題に対する日本国内でのナショナリスト側の懸念や危惧も、確かに、「日本という国は、基本は日本国民によって成り立っており、日本国民のものである」という「ナショナリズム」の一般的定義に則れば理解できるが、それに対する批判の側であるアンチナショナリズムというか「リベラル」といわれる人達の側の反論・批判が確かに著者の主張するように、「パイの縮小という問題への現実的回答を避け、ナショナリズムイコール悪、という決めつけによって、両者の激論を煽るだけに終わっている」という指摘には、中々の説得性がある。
著者の専門は政治哲学ということようだから、このナショナリズムに対する分析の部分などは、さすがに専門分野らしいところが感じられるが、その他にも現代政治あるいは外交の問題に関して述べた部分においては、正直いってその分析の根拠がかなりあいまいで、結論だけを述べているようなところが目立つ。
靖国や慰安婦についての見解のほとんどが、「世界的にそう思われるようになってしまった以上、もう今更、主張しない方が国益だ！」といった主張であり、「黙っておればよいし、謝り続ければよい」という主張もありだとは思いつつ、もっとちゃんとした理論的根拠を明示しない限り、単なるアジテーターと変わりないようにも思える。
（15年10月発行）