世界の権力者が寵愛した銀行 エルヴェ・ファルチャーニ 講談社
タックスヘイブンといわれる国にあるペーパーカンパニーを経由することによって、世界の権力者たちが不正に得た資金を、あるいは闇の組織が麻薬取引や武器密輸などでえた資金をマネーロンダリングする、あるいは世界各国の富豪たちが、これらの金融機関をつかって脱税をする―――。
ジェフリー・アーチャーなどのミステリー小説にはかならず出てくるストーリーだが、なにもこれは小説の世界の話ではない、現実に大々的に行われていることだ。
モナコだとか、バハマといった小国がタックスヘイブンとしてよく言われるが、なにも小国ばかりではない。スイスだとか香港、あるいはシンガポールなどのある程度の規模を誇る国のタックスヘイブン度たるや、小国のそれとはけた違いだ。
特に、スイスは昔から堂々と「銀行顧客の秘密厳守」が国是となっていて、不正な金であろうがなんであろうが、国が法律でそれを守ることを売りにしてきた世界最大のタックスヘイブン国である。
その、スイスでの巨大銀行であるHSBCのプライベートバンキング（富裕者専門の銀行）のシステムエンジニアであった著者は、そのシステムから、12万人もの秘密顧客リストを盗み出し、2010年に欧州や米国の税務・検察当局にこのリストを渡した。
後に「ファルチャーニ・リスト」と呼ばれるこのリストによって、スペインやフランスでは多くの脱税者が告発され、HSBC自身も脱税ほう助罪によって多額の制裁金を受けるのだが、本書はファルチャーニ自身によるこの攻防の内幕告白という体裁になっている。
脱税だろうが、資金洗浄だろうが、顧客の秘密は絶対に守るという国是を守り切るという伝統でなりたってきたスイスの金融業は、このファルチャーニに対して刑事訴追を行い、彼はスイスから逃亡せざるを得なかった。
又、イタリアのベルルスコーニ、あるいはフランスのサルコジといったその国の最大権力者自身が、このファルチャーニ・リストに顧客として載っていたこともあって彼等は、「盗み出された証拠による訴追は無効」という法律を作るなどして、必死に自分達の身を守ろうとした。
タックスヘイブンがいかにこれらの「黒い金」の顧客を守ろうとしてきたかの、テクニックとその歴史、あるいはファルチャーニの情報を得て追及する各国の税務・検察当局とスイス政府との攻防など、本書に書かれた内容は、アーチャーの小説以上の迫力がある。
但し、ここに書かれたファルチャーニの告白内容については、事後、様々な批判もあり、中には元々、この顧客リストを盗んで高く売ろうと思ったファルチャーニだが、それが上手くいかなかったので、自分が「正義の味方」であるかのように当局にリストを渡したのだといった話、あるいは検察当局が独自に脱税摘発に動いたのであり、ファルチャーニのリストが捜査のきっかけではないといった説もあり、その点について、前書き、およびあとがきで橘玲が解説していることによって、非常に親切な作りの一冊となっている。
（15年9月発行）