鏡映反転 高野陽太郎 岩波書店
右手を上げて鏡の前に立つと鏡の中に映った自分は左手を挙げているように見えてしまい、なんだか不思議な感覚に襲われるけれど、幼い時から「鏡の中では左右が反転して見えるものなのだ」と教わっているといつからか「鏡の中に写っている自分の視点から見れば鏡の中の自分もちゃんと右手を挙げているのだ」と思うように無理やり自分を納得させてきた――という人は多いのではないだろうか。
しかし、鏡に映った自分の右後の壁にかかっていたカレンダーは、鏡に写っても、自分の「右後ろの壁」にかかって映っているから、自分という人間の左右は反転している（ように見える）のに、自分の背後の壁の左右は反転していない―――すなわち「鏡映では左右が反転する」という無理やり納得させられたセオリーは、やっぱり何かおかしいし、「アリスの不思議な国」ではないけれど、「鏡の中の世界」では、科学では割り切れない何か不思議なことが起こっているようにも思えてくる。
更には、鏡に写った自分の右側の壁にかかったカレンダーの「文字」を見ると、これがまた、やっぱり自分同様に左右反転したいわゆる「鏡文字」として認知できる―――ということは？？？何が何だか頭がこんがらかってきてしまう―――。
こうなって来ると鏡に写る、いわゆる「鏡映」は、「本当に左右反対に見えているのか？」ですら、何だか確信がもてなくなるし、左右が逆に見えるのに、ではなぜ上下は反対に写らないのだろうか？－－－ 針孔写真機で写した純光学的（？）な像は上下も、左右も逆に映るのに―――？等々、疑問は深まるばかりだ。
タカさんにとって「時間とは何か」といった疑問と同様に、この「鏡映反転」の疑問は、いままで色々な説明を受けてきたし、それを理解しようと務めてきたけれど、どうしてもスンナリと「氷解した」といえるほどには理解できなかったというのが正直なところである。
そんなこともあって、この頃はもう「鏡映反転」の理屈を理解することは、諦めてなるべく考えないようにしていただけに、本書のタイトルを見て思わず飛びついてしまった。
まず、驚いたのは、この「鏡映反転」問題は、古代ギリシャの哲学者プラトン以来、二千数百年の間様々な理論が唱えられ議論が続いてきたにもかかわらず、（この人類が宇宙に旅立つような時代になってさえも）いまだにその謎が解けてはいないということが冒頭に書かれていたことだ。なぁんだ〜、理解できなかったのは別にタカさんだけではなかったのだ〜と思えば、この「鏡映反転」への疑問は益々興味がでてくる。
本書では、鏡映反転に関する歴史的な諸説がまな板の上にあげられ検証されていくほか、著者が実際にこの鏡映反転という現象を、人々がどうとらえているかなどを実験した結果などが、細かく述べられ、更には、著者によるこの問題への解答が解説されている。
著者によれば、鏡映反転現象を一つの現象としてとらえることはできず、別々に起きる3つの現象の集まりなのだという。
その3つとは、「表象反転」、「視点反転」及び「光学反転」の組合せ(多重プロセス)によって起こっているとの説を立て、この多重プロセス理論の詳細説明、あるいはその説に対する反論に対する再反論といった風に、実にスリリングな論理展開を行っている。
読んでいる内に頭がこんがらかってくるような気もするが、それでも巻末までぐいぐい引き込まれるだけの面白さがある。
そうそう、そういえば車を運転しているとき、バックミラーを覗くと、後にいる車の右ハンドルの車に乗った運転手は、やはり後続車の右側にいるように見え、別に左右は反転していない（左ハンドル車には見えない）というのも、「鏡映反転」から考えれば、不思議ではある―――。
（15年7月発行）