国家を喰らう官僚たち ランド・ポール 新潮社
よくアメリカにおける政治の大きな対立点は「大きな政府」か「小さな政府」かという理念の違いであるといわれる。
前者は社会の貧富の差の解消、高福祉、完全雇用などを実現するためには、個人の自由をある程度制限することもあり得べし、という立場から国家による規制の強化あるいはその規制の実施のための官僚組織の充実を是として、その為の国家支出の肥大化、あるいは個人の自由の制限もある程度は許されるべきだとする考え方だが、後者はアメリカの建国の父たちが理想として作成した合衆国憲法の精神に則り徹底して個人の自由とか個人の財産権の保護を貫くべきであり、国家の権限を大幅に制限し、国家運営のための官僚組織や規制は最小限に留め、国家予算も最小限とするべきだとする理念である。
いずれも掲げる理念は高邁であり邪念があるようには見えないが、ともにその理念を貫こうとすればいずれも大きな弊害を伴うであろうことは、双方とも十分理解しているはずだ。しかし、ともに自分の理念、理想を貫くためには、多少の弊害は眼をつむるべきだと考えるところは変わらない為に、この両者の違いが多くの場面で抜き差しならないほどの軋轢を生んでいる―――というのがアメリカ社会の現実だ。（公共の安全の為の銃規制が善か、あくまでも銃保有でさえ個人の自由として尊重されるべきかの争いが今や抜き差しならないところまできているではないか―――）
前者の極論は、共産主義あるいは超国家主義にもつながるものだが、後者が極端に進めば剥き出しの弱肉強食社会につながるのではないかという懸念もささやかれる。基本的には、両者のそれぞれの長所を上手く取り入れてやっていくしかないというのが、現実だとは思うのだが---。
リバタリアン（個人の自由至上主義者）である下院議員として著名であった父をもつ著者は、その父の意思を継いで政界に打ってでたが、父以上に徹底した「小さな政府」論者として保守的で小さな政府論者が多いといわれる共和党の中でも更に先鋭なる小さな政府論者、保守主義者として（例の「ティーパーティー運動」の更に上をいくほどの）有名だ。
本書の原題は‘Government Bullies’（意味は「政府によるいじめ」）だが、原題通り、本書で著者が力説するのは、米建国の父たちが理想とした政府とは全く逆の方向に肥大化し、徹底して個人の権利を抑圧する政府機構の横暴についての摘発である。
まさかあの「自由の国アメリカ」で本当にこんなことが行われているのか！と驚くような政府機関による個人の自由への理不尽な圧迫の数々は、著者の書き方にかなり煽情的なところがあるにせよ俄かには信じがたいものばかりだ。
例えばある酪農家が「無殺菌の牛乳（要するに生乳）を、州をまたいで売ってはいけない」という規制に抵触した（個人で生乳を希望する申込者に提供した）という理由でFDA（食品・薬品局）の特殊部隊（武器で完全武装している）に急襲され、牧場を占拠されたとか、ウサギを飼育して売ったという理由で農務省から（これも武装した特殊部隊をもつ）数千万円の罰金を科せられたという事件など、これでもかこれでもかというほどの「政府のいじめ」の例が挙げられていて、個人が巨大な官僚組織に対していかに戦い、そして敗退し、いかに政府によって虐待、投獄されてきたかが列挙されている。
しかも、これらの法律や規制の数々は、選挙で選ばれた訳でもない官僚たちによって、恣意的に運用されており、「官僚に逆らった者への復讐・いじめ」として横行しているという著者の告発は怒りに満ちている。
冒頭述べた通り、大きな政府論、小さな政府論、いずれの側にもそれぞれが考える理想の姿があるのは事実であると同時に、いずれの側にも欠陥があることもまた事実だ。（「大きな政府」には肥大する官僚組織とか、個人の自由への束縛、「小さな政府」には、極端な格差の拡大、剥き出しの弱肉強食社会の出現といった）それだけに、やはり、政治的な問題についてのこの種の極論同士の論争は、おもしろいことはおもしろいものの、結局は不毛ないい争いでしかないともいえるような気がしないではないが。
尚、著者は、同じく現在のアメリカの政治が、多数派の議員が業界団体やロビイストの影響下にある中で動かされており、草の根の民意といったもの（やっぱり牛乳は搾りたての生がよい！といった）は、そういった業界などの意向によって圧迫されてばかりいる、という主張には、日本においても結局は、それぞれの利権集団の意向で個人の自由意志が踏みにじられるという点においては同じだ！とも思った。
（15年9月発行）