コーランには本当は何が書かれていたか？ カーラ・パワー 文芸春秋
共産党所属の女性国会議員が「資本論を読んだことがない」と正直に答えていたが、もちろん、日本共産党の党員の大多数が共産主義のバイブルともいわれる「資本論」を読んでいないし、中国共産党の幹部ですら同じだろう。
それは、キリスト教徒が全員聖書を読んだ訳ではないし、仏教徒が仏典を読んでいないのも同じことだ。
又、資本論も聖書も同じ章句の解釈の仕方は実に多様であり、だからこそ様々な分派ができて互いが一応は同じ宗教、同じ教義のはずなのに、血みどろの闘争に至ったりするのも同じだ。
モハメッドが神から聞いた言葉と言われるコーランも資本論や、聖書と同じだ。
イスラム国を名乗るテロ集団の構成員にしても様々な彼等の残虐行為を「聖戦」の名でおこなっていても、では、コーランのどの章にそんなことが書かれているかと言えば、答えられるものなどいないことも、彼等はコーランを読んではいないということを示しているし、実に様々な解釈が可能だということをいみじくも語っているに過ぎない。
本書は、無宗教者だと自認するアメリカ人女性ジャーナリストが、ロンドンに住むインド出身のイスラム教指導者との対話を通じて、コーランに書かれたイスラムの教えの本質に迫ろうとした記録だ。
イスラムを学ぼうという動機が宗教的動機ではなく、あくまでもジャーナリスト的な動機からのものだという点においては、他のイスラム学術書とは一風異なってはいるが、かなりの部分、著者の個人的な興味に偏っているところもあり、万人向けのイスラム本とはいいがたいところもあるが、イスラム国の猛威が吹きすさぶ中、タイムリーな一冊ともいえる。
コーランに実際に書かれている言葉にしても、なにせ1400年前の物であり、それ以降、膨大な数のイスラム学者、指導者によって様々な解釈がなされてきているということもあって、「本当はこういう意味である」などと絶対的な尺度を与える解釈などあり得ないということが、本書を読んでいるとよくわかる。
例えば、モハメッドがわずか9歳の少女を妻としてもっとも愛していたという事実を、現代社会、特にキリスト教社会では、モハメッドは幼児性愛者として批判しているが、著者との対話の中で、当初、モハメッドを擁護するあまり幼児性愛を肯定的ともとらえる発言を繰り返していた友人のイスラム指導者が、結局、最後には考え方を180度かえて否定の側に回ったように、時代とともに、あるいは社会的変化とともに、イスラムの考え方も変わっていくことが示されている。
とは、いっても宗教というものはすべからくドグマに囚われている以上は、どう解釈を変えたところで結局は論理破綻を起こすものだということを認めない限り、イスラムに限らず、キリスト教も仏教も（宗教の一つでもある共産主義も）、かならずどこかで論理破綻するか、あるいは無理な解釈に無理を重ねて、どうにもならない迷路を突き進むだけの物になってしまうであろうと考えるべきなのだと思う。
(15年9月発行)