金魚姫 荻原浩 角川書店
著者の10年程前の作品「明日の記憶」を読んで、題材(認知症)の新規性とタイムリーさもさることながら、そのストーリーテラー振りには大いに感心したものだったが、作家としては遅いスタートだった著者は、あの一作で一気に人気作家の仲間入りをしてヒット作も多いようだ。
今回のこの「金魚姫」が、又かなりの話題作となりベストセラー入りしているというので読んでみたのだが、あの「明日の記憶」のようなニュース性はさほどないものの（主人公が勤めているのがブラック企業というところが、まあ、それに相当するかもしれないが）、ストーリーテラー振りはむしろ前作以上に磨きがかかっているといえるかもしれない。
もっとも、ストーリーが1400年も昔、中国で入水して果て、金魚に変身した女の魂が、失恋し日本のブラック企業で欝々として暮らし自殺願望を持つ男の前に一匹の金魚となって現れ、この金魚が、時折、この主人公の前に美しいが一風変わった美女として現れ、彼との暮らしを送ることになる―――という、ファンタジーというか飛躍した設定に基づいていることで、おもしろいように自由に様々な奇妙な展開に持ちこめる―――という仕掛けを作ったこの作家の小説作りの上手さが、決め手となっている訳で、これ全てこの人の才能によるものなのだろう。
1400年前の怨みを残しているはずなのにその記憶の細部は失っている金魚姫の現代社会とのトンチンカンさ、とかこの金魚と出会ったことで、死んだもののまだ死んだことを十分に理解できていない死者の魂が見えるようになった主人公（ブラック企業である仏壇会社のセールスマン）が、迷える死者の魂（幽霊）の導きもあって仏壇のトップセールスマンになっていくといった奇想天外なストーリーは、かなりユーモアにも溢れているし、お互いが惹かれあうことになったこの異界の者である金魚姫と現実世界に生きる主人公の恋愛がどうなっていくのかという切ない物語展開の組み合わせは、著者が多くの人気作家の中でもかなり上位に入るストーリーテラー振りを発揮していることの証左ともいえるものである。
（15年7月発行）