時を刻む湖 中川毅 岩波書店
化石や遺跡の年代測定などで用いられるのが炭素の放射性同位体による測定だ。
これは、植物などの生物が光合成等によって取りこんだ炭素放射線同位体が、その生物の死後は徐々に崩壊していく（半減期は5730年）ことを利用して計っていくという方法だ。
この方法を用いれば4-5万年ほど前までさかのぼっての年代測定が可能ということになるのだが、例えば木の年輪の場合、正確な測定はできるにしても（きわめて難しい作業にはなるが）今得られる年輪資料はせいぜい12550年前までであり、サンゴの縞には古い大気とその縞のできた時代の大気がまじりあうと言った問題などがあって、長い期間を計る大本になる絶対的な基準（キャリブレーション）がしっかりとして信頼性があるものとはいえず、当然年代測定には「誤差」が生じてしまう。
ところが、2012年にこの地質年代を計るキャリブレーションに世界的に大きな進展が得られた。
それは、世界地質学会が2012年に「世界一精密な5万年もの時間を計る時計」として福井県にある水月湖の湖底から得られた地質コアの年縞（ねんこう）を採用することを決定したことによる。
水月湖は世界でも極めてまれな独立湖（流入流失する河川がない）であり、しかも水深が深いために、湖底に毎年積もる生物（木の葉や微生物）が掻き乱されることなく積もる。すなわち、この地層の縞（これが年縞だ）は、誤差が極めて少ない時計として利用できるのだ。（5万年の時間が測れ、しかも誤差はわずか150年）
本書は、この水月湖の年縞研究――といっても実に地道に一年で1ミリにも満たない年縞を数え上げていく作業―――を30年近くに亘って続けてきた日本とヨーロッパの研究者たちの苦闘の記録であり、地道な年縞研究という分野の物語でありながら、その苦闘と挫折、そして復活の物語は、これぞ学術研究の醍醐味とダイナミックさといえるものであり著者の語りの巧みさもあってグイグイと引き込まれる。
実に面白い一冊だった。
（15年9月発行）