「音」と身体のふしぎな関係 セス・ホロウィッツ 柏書房
自分が見て認識している「赤」が、他人が見て認識している「赤」と同じものであるかどうかは確かめようがない―――というのが脳科学でいう「クオリア」の考え方だが、この視覚同様に、物質中を伝わる分子の圧力変化を感知する「聴覚」についてもおなじようなことが言える。
よく言われるのは、若者が不快に感じる蚊が飛ぶ羽音に近い高い周波数の音を夜の公園などで流しても、若者はそれをいやがって公園でたむろしなくなるが、その高周波を感知しない大人にとっては何も問題がない―――若者と年寄りでは聞いている音の世界が違う―――というのもやはりクオリアの一種と言ってよいのではないだろうか。
本書はそんな我々が日常、あまり気にしていない「音」そしてその音を知覚すること（すなわち聞くこと）に徹底的にこだわったユニークな一冊だ。
我々を含む脊椎動物はかつて皆、海中にいた。
海のような液体の中での振動の伝わり方は、陸上の大気の中でのそれとは全く違う。すなわち、我々のような脊椎動物は進化の過程に於いて漸く、「聞く」という機能を担う器官（耳）を発達させてきたのだ。
すなわち、それぞれの種はその種に相応しい「音の世界」を持っている訳で、例えば聴覚が人間の何千倍も鋭いと言われている犬と人間とではその「音の世界」は全く違っているのだ。（もし、我々が犬と同じ音世界に住んでいるとしたら、世の中、うるさすぎてノイローゼになってしまうかも―――）
我々の「聞く」という行為が単純に、空気などを伝わってくる振動を感知することで生じている訳ではなく、そこにはその伝達された振動を「音」として理解するための「脳」の複雑なメカニズムが関与していることを詳しく解説している。
黒板に爪を立てた時の音を不快に感じるのは、全く脳の働きといってよいだろう―――といった指摘もなるほどと思わせる。
ヴォリュームはあるが、最初から最後まで飽きさせない一冊だ。
(15年4月発行)