鎖国論 エンゲルベルト・ケンペル原著 八坂書房
本書の原著を著したのは、ドイツ人医師、ケンペルだが、その彼が長崎の出島に滞在していたのはまさに元禄時代、1690年のことである。
外国との交流をこの長崎出島だけに限り、外国との関係を断ち日本の島国の中だけで、全てのことを完結しようとした鎖国は、ある種、文化的にも何に於いても停滞そのものでしかないと思えるが（その結果幕末には大きく西洋から遅れてしまっているという事態に陥って慌てた）、ケンペルはその原著において日本が鎖国政策をとったことを全面的に肯定し、だからこそ、日本という国が世界で類を見ない程、人々が幸せな社会を作れたのだという。
このケンペルの原著の英語版発刊の1727年から更に70年後、これを手にした長崎通詞志筑忠雄は、鎖国政策と、更にはその鎖国状態の中でも国際情勢とはどのように対処していくべきかを考察しつつ、この「鎖国論」訳を著した。
鎖国ということばも、ケンペルの原著では使われておらず志筑の訳本で初めて使われて今日に至っているのだとか。
志筑の翻訳による「鎖国論」はその後、さまざまな写本を通して伝わってきているが、活字化された出版は本書が初めてという訳だから、今本書を読む我々は、まさに300年振りに元禄時代の外国人に鎖国がどのように映ったか、そして当時の日本人知識人がこの外国人による鎖国評価をどう読んだか、という貴重な資料に接する訳である。
近年、江戸時代の人々の暮らしが今でいうなら循環型社会の完成形にあり、人々の幸福度が高かった、という江戸賛美の説があるが、ケンペルも、日本が与えられた自然条件は、極めて豊かであり、日本にとっては、海外との交易を不可欠のものではなく、農、工、商いずれも国内だけで十分完結できるし、そうすることによって、文化や文明を成熟、深化させることができるし、必要な伝統の力も、人々の活気も育むことができる、といっている。
今更、ややこしい国際情勢や海外依存体質になってしまった経済、あるいは独自性を失ってしまった文化のことを嘆いても仕方がないけれど、今また、もう一度、日本も鎖国をやってみたら―――なんて夢のようなことを思わないではない。
（15年9月発行）