源流の記憶 伊藤正一（写真） 山と渓谷社
昭和40年代の初め、かれこれ40年以上前の大学時代、サークル活動では「渓流釣り」に熱中したが、渓流でヤマメやイワナを追うとなれば必然的に「沢登り」が必要で、これが中々面白い。
結局は、釣りの方はもうどうでもよくなり日本中の難所といわれる沢を登ることの方が面白くなってしまったのだが、そんな沢登りの中でも、仲間内でもっとも人気があったのは当時（多分今も）最難関といいわれた黒部源流の数ある沢の遡行である。
黒部の源流の名もない沢を詰め、更に黒部の最初の一滴が流れ出るであろう奥につめていくと、そこには高天原とか雲の平と呼ばれる高原があり、そこは遠く槍ヶ岳をはじめとするアルプスの山々に囲まれた何とも心地よい高原であり、そこにはニッコウキスゲなどの高山の花々が咲き乱れていて―――まるで夢の世界のようであった。
あの時以来、一週間以上を要するそういった源流を訪ねる山行ができる身分ではなくなってしまったし、一応、そういった時間がもてるようになった今の、この歳では、もうそういった厳しい山行に耐えることは体力的にも叶わなくなってしまったが---。
当時、黒部源流を歩いた時に、何度も利用したのが読売新道、そして本書の著者、伊藤正一氏が切り開いた伊藤新道だった。（伊藤新道は自分達がよく歩いていた頃の数年後にはがけ崩れなどもあって廃道になってしまい今やもうないというから何ともさみしい限りだ）
そんな伊藤氏がこの伊藤新道を切り開き三俣蓮華小屋を開設した当時の写真からなるこの写真集は、それこそ我々が黒部源流で遊び、そして伊藤氏が架けた吊り橋を渡っていた時代のなんとも懐かしい風景で一杯だ。
サブタイトルに『「黒部の山賊」と開拓時代』とあるように、まさに人跡未踏といってもよいこの日本の秘境を切り開いた伊藤氏とその仲間の「山賊」たちの写真、そして今やヘリコプターに変わられて姿を消した歩荷（ボッカ）たちの写真―――、懐かしい黒部川、中の廊下の風景―――。。
もう二度と帰らない青春の夢のような日々を思いだしながら、飽きることなく一晩中ページをくくっていた。
（15年10月発行）