21世紀に読む「種の起源」 D・レズニック みすず書房
「世界を変えた本」といえば「聖書」「コーラン」といった宗教の本や「資本論」「雇用、利子および貨幣の一般理論」「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」といった経済・社会学の本が挙げられるが、科学分野でいえばダーウィンの「種の起源」ほど世界を変えた本はないといってもよいのではないだろうか。
「種の起源」発刊以来150年、ある意味では宗教、そして経済・社会分野でさえこの本の影響を受けてそれまでの理論を変更せざるを得なくなっているなど、人間社会全体が「種の起源」以前と以後とでは様変わりしているといっても過言ではないかもしれない。
しかし、これだけの大きな影響を与えた「世界を変えた本」でありながらその一方ではその難解さゆえに一般の読者はもちろんのこと、生物学者でさえその一冊は「もっとも読まれていない名著」でもあるという。（確かに、身近に資本論同様に、全部を読み通した！という人に会ったことは無いように思う）
又、ダーウィンがこの「種の起源」を発表した今から150年前、彼は「種の起源」より後に発表され1900年まで省みられることもなく埋もれていたメンデルの遺伝法則を知らなかったし、もちろんDNAの二重らせんによる遺伝のメカニズムや、ウェーゲナーによる「プレイトテクトニクス理論」も知られていなかったのだから、「種の起源」に書かれた理論は、今や全く古い理論となっていたかもしれないというのに、最新遺伝理論と多少の齟齬がある部分はあるものの、未だに彼の推論による理論が遺伝研究の大指針として生きていることには驚くばかりである。
本書はこの中々通読されることのないと言われる「種の起源」の全24章を、逐条的に解説すると同時に、今日得られている（当時、ダーウィンが知らなかった）知見を丁寧に比較解説することで、ダーウィンの推論がいかに慎重に行われ、現代の知見と矛盾しないかという指摘をしている。
例えばすでに我々が知っているエピジェネティック理論（例えば、全く相同な遺伝子を持つ一卵性双生児が、それぞれ別人格を形成するのはなぜか――といった）な疑問についても、ダーウィンはどのように推論して行ったか―――といった解説を加えることによって、「種の起源」の偉大さにあらためて驚かされるといった仕組みだ。
さらには、ダーウィンとオーウェン間の論争やダーウィンが彼の理論を突き詰めていく中で「生命にとって神の痕跡は必要ない」というまさに「世の中を変える」結論に達した過程などは、あらためてダーウィンの偉業の凄さを感じさせるものがある。
丁寧な巻末の訳者による解説を含めて580頁という大著だが、実に読み甲斐のある一冊だ。
（15年10月発行）