アラバマ物語 ハーパー・リー 暮らしの手帖社
古き良きアメリカの姿を描いた小説と―――といえば、マーク・トゥエインの作品群をはじめ今でも、アメリカ文学の一ジャンルをなしているように思うが、そういう中には数多くの名作があるような気がする。
そんな中では、スティーブン・キングの「スタンド・バイ・ミー」は少年達のある一夏の思い出を描いていてあたかも自分もアメリカで育ってこんな少年期を送ったような気持ちになれた好きな作品だが、この、ハーパー・リーの「アラバマ物語」も、8歳の少女（作家自身がモデルであるとされている）の目からみた古いアメリカ社会が描かれていてしっとりとした物語になっている。
この物語の舞台はファニー・フラッグの「フライド・グリーン・トマト」とおなじディープサウスと言われるアメリカ南部アラバマ州のある町だが、ここで描かれているテーマの中には、南部における人種差別の問題や社会の矛盾といった通奏低音のような南部の差別問題と、それに立ち向かおうとする「善良なる」人々の葛藤などが描かれていて読み応えがある。
主人公スカウトは、８歳の女の子、兄ジェムは父親を信頼する頭が良く正義感の強い少年だ。
物語は、まずこのスカウトと兄ジェム、夏の間街から遊びにくるディルという少年（ディルとスカウトは秘密裏に婚約している）達の幼き日々の冒険譚（通りの外れにあるお化け屋敷といわれるラドリー家への探検といった）の部分と、この町でおきた黒人の冤罪事件（白人女性を襲ったという冤罪）、その黒人青年を弁護するスカウトの父親アティカスの黒人に対する偏見で凝り固まった白人陪審員たちに対する弁論、といった法廷物語、さらには、父とその父を信頼し徐々に大人としての社会正義に目覚めていく兄ジェムの成長物語、あるいは、一気に根深い偏見を「正義」のみでは変えることのできない南部の偏見の風土、といったストーリーが幾重にも重なって展開する。
二段組、かなり小さいポイントの活字で400頁近い大作といえるが一気に読み通したくなる面白さで、さすがに1962年に900万部を売り上げベストセラーになった作品（同じく、映画も大ヒット、アティカスを演じたグレゴリー・ペックはアカデミー賞主演男優賞をとっている）だと思わせる。
（84年5月発行）