不合理だからうまくいく ダン・アリエリー 早川書房
人は自己の利益を目的として行動している―――生存にせよ生殖にせよ本能的な欲望はすべて自己の利益のためである―――。何事も人の行動はそういった利己的な欲望が基本だと考えれば分かり易い―――というのが経済学の基本のところにはあると思っていたが－－－。
しかし、アダムスミスにせよケインズにせよ、経済的生物である人間の行動の全てが利己的な利益の為とばかりは言えないということを（今や経済学の原典的著作といわれている）著書の中で繰り返し言及している。
すなわち、人の行動は、かならずしも合理的な説明のつかない、すなわち不合理な行動に起因している部分が多いことは、アダムスミスにせよケインズにせよ当初から十分理解していたのだ。
もちろん人の、一見、利他的と見える行動も（例えば教会への多額の寄進といった）実は、究極的には利己的な動機に基づいているといった説明も成り立つ場合はあるが（教会への寄進は、自分の評判を上げる為とか、死後、天国へ行く為の入場料と思ってやっているのだといった）、どうにも説明のつかない不合理な行動というものは、実社会では多く、人々を戸惑わせるし、経済学を「合理的な科学」だと思いたい経済学者を戸惑わせるし、時には、「ほら、やっぱり経済学なんて辻褄の合わないおまじないのようなものだ」といった部外者からのからかいの声にもなりがちだ。
人間心理の機微と、経済学を結び付けようというのが本書の著者、アリエリーもその一員である「行動経済学」である。
「ボランティアとして（もちろん無報酬で）町内清掃をやっている」リタイアした老人に、町内会が「毎日、御苦労をかけているから、これからは時給500円をお支払いします」と決議した途端、この老人は清掃作業を止めてしまう―――という例があったとか。わずか500円でも受け取った方がどう考えても「合理的」だが、この老人は無報酬というどう考えても合理的ではない不合理さの方を選ぶのはなぜなのか―――。
本書に取り上げられている著者自身の体験を含めた人々の一見不合理に思える行動は、まさに人間ならではの行動といえるものであるとともに、よく考えてみると実は人間が本能的な性質を根本にもちながらそれを覆い隠しているからこそ出てくる行動ともとれる。
いささか、冗長に過ぎる一冊と感じる部分もあるが、中々、話し上手なところのある著者だけに、ついつい面白さに引き込まれるところがある。
「行動経済学」の本をもう少し読んでみたくなった。
(14年3月発行)