エピジェネティクス革命 ネッサー・キャリー 丸善出版
ヒトゲノムの完全解析ができた―――さあ、これで人間の生物としての設計図が完全に手に入った―――という興奮が渦巻いたこともあったが、例えばシェイクスピアの「ハムレット」のオリジナル原稿が手に入ったからといって、いくらその脚本に忠実に演出したからといっても、舞台装置、役者、演出家が違えば、「ハムレット」の舞台や映画が全く異なったものができてしまうように、同じ設計図（DMA）に基づいて生まれた一卵性双生児が、全くおなじような生活環境の中で育ったとしても異なった性格、個性をもつし、クローンから誕生した生命も、それぞれに本体とことなった個体になるように、かつていわれたような「ヒトゲノムで全てが解明できる」というのは神話に過ぎないことが明確になってきている。
生物の個体の違いは、実はゲノムなどを素材としてはいても、それぞれのゲノム上の部分、部分を活性化させるか眠ったままにしておくかは、実に多様なバリエーションがあり、そのバリエーションの中から一定の「個性」を形作るのは、環境などを含めた実に微妙で複雑な（しかもかなり偶然にもとづく）いわゆるエピジェネティクスの働きに基づくことが分かってきている。
いやむしろ、ゲノムによるよりも生物の個体の違いは、エピジェネティクスな仕組みによって形作られているといってもよい。
母体にあるときの胎児の栄養状態によっては肥満児が生まれてしまうとか、幼児虐待を受けることによってその人の性格が形作られてしまう、といったことも、このエピジェネティクスのメカニズムによってある程度説明できることなども含めてのエピジェネティクスに関する最新知見の解説は、中々興味深い。
環境によって形成された個性が、ある程度遺伝するかのような環境遺伝説的な説明には今一つ納得できない部分もあるが（著者が環境遺伝説をとっている訳ではないが）、確かに「遺伝子が全て」という一時の風潮がやはり間違いといってよい、という点には大いに納得がいった。
（15年7月発行）