長いお別れ 中島京子 文芸春秋
80代を過ぎアルツハイマー型認知症を患う主人公と、その彼を老老介護で支える老妻、そしてそれぞれに独立した家庭をもつ三人の娘たち夫婦とその子供たち―――。
作家の実体験をもとにしたこの小説は、2025年には700万人に達するといわれる認知症患者をもつ多くの人々、あるいは将来、自分もしくは家族が認知症になる可能性にさらされている我々にとって身につまされる題材をあつかった小説だ。
本書の主人公東昇平が初期のアルツハイマー型認知症と診断されていからの10年間の様子、様々な深刻な問題、それをどうやりくりしてきたかなどを子をシリアスに描きながら、そこには何となく小説としてのユーモアが溢れているのも、この病がもつ特徴が手伝っているのだろうか。
かつて区立中学の校長や公立図書館の館長を務めていた昇平の認知症が分かったのは、都心で開かれた高校の同窓会に出かけた彼が会場にたどりつけなかったことからだ。
「進行を止める、あるいは治療してしまうことは現在の医療ではできない」というこの病の夫を一人で支えてきた妻曜子も、みずからの目の病で入院を余儀なくされ、娘たちの手をかりながら治療を続けるのだが、病状は徐々に進行していく。
娘たちにもそしてその家族にも様々な事情があって―――という物語の展開は、実際に老親の介護の経験を持つ人達にとっても、あるいは身近にそういう人達をみてきた多くの人達にとっても、共感を呼ぶのではないだろうか。
少し前までは、自分の親たちの介護を考えていた自分たち夫婦が、ひょっとしたら、認知症に陥る年代にもさしかかってきていることを考えると、なんだか、この小説を読みながら、随分としんみりとしてしまったが－－－。
ストーリー展開も面白く深刻な内容ながら、ほんのりとしたユーモアもあり、また、昇平を取り囲む人々の善意と温かさが伝わってくる傑作といえる一冊だ。
（15年5月発行）