南鳥島特別航路 池澤夏樹 新潮社
南鳥島は日本の最東端に位置する絶海の孤島。日本の領土の中で唯一太平洋プレート上に位置している。
日本の最北端、択捉島、日本の最南端沖ノ鳥島と同様、様々な制約によって一般の旅行者がいけるような場所ではないが、これらの領土があるおかげで日本は広大な洋上の排他的経済水域を確保できているわけ極めてその価値たるや莫大なものがあるということができる。
そういう意味でも、その南鳥島とは一体どんなところなのだろうかという好奇心にかられる人は多いと思うが、池澤夏樹という作家が旅行誌の連載の為に取材に訪れたことがありその旅行記があるというので探し当てたのが本書である。
本書は、旅行誌「旅」(JTB発行)が池澤に「どんなところでもいいから---」という条件で連載を依頼し、池澤の希望にそうようにその地への手配はJTBという旅のプロが手配して呉れる---という好条件の下に実現した旅が連載されているというのだから、確かに取材地に至る旅はこれほど恵まれたものはないというほどの好条件だったようで、だからこそ南鳥島などという気象庁の職員が数名程度しか渡ったことがないという島にもいけたのだ―――という種明かしをしてしまえば確かに探検記という意味合いは薄く、単なる珍しい地への「旅行記」に過ぎないともいえるのだが、なにせ日本で数百人しか訪れた人がないという島の実体を知る上では貴重な一冊といえる。
ただし、南鳥島旅行に関する本文は全12編の内の1篇、わずかに24頁ほどでしかなくいささか拍子抜けという面はある。
内容も南鳥島に至るまでの経緯（どういう伝手をもっていれば補給船に便乗できるのかといった）などの詳細部分は意図的にか省かれており（おそらく、一般旅行者の訪問を歓迎しないような配慮が関係官庁によってなされているのだろう）かなり物足りない感じがしなくもない。（もっとも、それほど特殊な島なのだ、ということなのだろうが）
旅行記自身も、南鳥島航路は、荒れることの多い航路だそうだが、著者が訪問した際の航海は穏やかなものであったようで、それほどの困難があった訳ではないらしくそういう意味では辺境の地への旅であるにも関わらず「探検記」的要素は皆無だ。
探検記、探訪記的要素ならその他の11篇には十分あり、サハリンの北緯47度線地域、あるいは八重山諸島のマングローブの森の中の探検記などは、多くの読者の好奇心を大いに駆り立ててくれるだろう。
（94年3月発行）