語りえぬものを語る 野矢茂樹 新潮社
ウィトゲンシュタインの名著「論理哲学論考」は「語りえぬものについては沈黙せねばならない」という最後の一言で終わっているが、著者が本書においてトライしたのは「語りえぬもの」をどうにか語ろう、という試みである。
但し、それはあくまでも「語りえぬものでも敢えて語ってみよう！」という自己撞着に敢えて抵抗する！といった挑戦的なものではなく、いささかユーモアをもったいたずらっ子的な試みである、と取るべきものだ。
哲学論考といえば、なにしろ哲学者同士でさえ理解しあえていないのではないかと思えるようないわば「難解」な文章が多い中で「無限論の教室」のようにこの著者の文章は哲学について語りながらも、一般にも理解しやすい文章であり、知らず知らずにあの難解な「哲学」そのものに興味をそそられるところがある。
本書は著者が、講談社のPR誌で2年間にわたり連載した哲学をテーマにした文章を基にして連載時に言いきれなかった部分、あるいは著者が後に付け加えるべきと考えた部分を「補講」の形で載せた形をとっており、それぞれの章が独立した哲学問題についての論考という形になっているから、かなりページ数は多いが読者にとっては読み易い1冊になっている。
言及されている哲学的問題は、相対主義と無意味論、現象、相貌----など多岐にわたるが、最後の章が、「科学（理念的世界）は世界を語り尽くせない」という非決定論に集約していて（しかも大いに納得できる）、著者のウィトゲンシュタインに対するオマージュ的な章になっているところなども、なんだかユーモアに満ちているように思えて楽しく読了できた。
（11年11月発行）