タウ・ゼロ ポール・アンダースン 東京創元社
アインシュタインの相対性理論が明かすのは時間というスケールさえもが相対的な物であるということだが、この場合の相対の相手とはすなわち「光速」そして「質量」のことだ。
我々が今宇宙開発に使っている燃料噴射型のロケットエンジンで出せる速度は、せいぜい光速の0.0014％に過ぎないし、たとえば将来開発されるかもしれない核融合エンジンを使うにしてもそれによって得られる速度はおそらく光速の8％程度だといわれており、このエンジンをもつロケットで5.9光年先のへびつかい座ダイタロス星系に行く為には片道だけでもそのロケットの重量（質量）は約60000トンになり地球の時間で、数十年を要することになる。
そこで考えられるのが、量子力学の技術を応用したバサード・エンジンを搭載した亜光速ロケットだが、この亜光速ロケットの場合、今度は時間と光速の相対性により地上での時間の流れとこの亜光速船内の時間の進み方の違いが考えもつかない大きさになってくる（いわゆる浦島効果が出てしまう）。
すなわち、亜光速船での宇宙旅行は、いわば超未来への後戻りのできない旅になってしまう―――という訳だ。
1960年代にかかれたSF史上の大傑作とも言われる「タウゼロ」はそんな時間のパラドックスを基にして、超時間的なスケールで物語が展開する。
「レオノーラ・クリスティーネ号」は、50人の男女を乗せ、32光年彼方のおとめ座ベータ星第三惑星をめざして飛びたったが、航行中、生まれたばかりの小星雲と衝突し、その衝撃で減速システムが破壊されてしまう。すなわち相対論的なスピードで進む宇宙船と彼等の故郷である太陽系との時間は100年、1000年、10000年いやさらに数万年単位でずれてゆく。
この宇宙船の、希望も絶たれ帰るあても術もない船員たちの生き残りをかけた絶望との戦いを描いたのがこの小説だが、閉鎖空間に於ける乗員たちの重々しい人間ドラマ的な背景の下での、主人公的存在である護衛官レイモントそして女性副長リンドグレンを中心とした絶望と希望のはざまでゆれる密室心理劇的な展開は、SFの常識的スケールの数倍上を行くものであって、その人間ドラマの重厚さも中々本格的であり読み応えがある
宇宙は限りなく膨張しているのか、それともアインシュタインが当初唱えたように定常状態にあるのか、といった問題にも作者は深く切り込み、この重厚で重苦しくもあるドラマに救いのある結末を用意しているところもなんだかホッとさせられる。
未来は暗い、と考えるよりも未来に希望を描くSFの方が、（どうせ知りえない未来なのだから）読んでいて楽しい――ということをあらためて実感した。
（92年2月発行）