イスラーム神学 松田洋平 作品社
大学の起源は「神学」を研究するための機関であったことからも分かるように、にキリスト教にせよ仏教にせよそしてイスラーム教にせよ「神学」の起源は極めて古い。宗教あるところに必ず神学があるとさえ言ってもよいのではないだろうか。
それは、いずれの宗教においても不可知である「神」あるいは「神の教え」に対すさまざまな疑問、謎こそが人類における最大の疑問であり、しかも神が不可知である以上、「正解」が明らかにされることがない謎だからである。
もし、「神」の不在が証明されてしまえば（神の存在が証明できないのと同じようにそんなことは絶対にあり得ない―――）無いものについての学問である「神学」は、全く無意味な学問、問答だったということになるのだが、人類始まって以来の「神は一体、何なのか、何を考えているのか？」という疑問は、これからも益々盛んに研究され、語り続けられるだろうし、これこそが「真実」という究極の答えがみつかることのないまさにエンドレスな学問なのだ。
本書は、日本ではあまりポピュラーではないイスラーム「神学」に新たなる新境地を開いた一冊と言ってよいだろう。
現在世界のイスラームには、その80％を占めるといわれるスンナ派と20％余りのシーアといわれる派の2大潮流があるといわれているが、実はスンナ、シーアの中も実に多くの派に分かれていること、あるいはその2大潮流の他にもさまざまな宗派があり、その教義はこれでも同じ宗教か？と思うほどに異質であることは、最近のイスラーム国などの過激派テロなどによってもあきらかだが、日本に於けるイスラーム研究は、この中のスンナ派そしてその中でも特にアシュアリー派の教義に基づくものに偏っているといえる。
本書はそんなイスラームの中でもスンナ派の一派であるアシュアリー派神学を「これがイスラーム神学だ」といった形で進められてきた日本のイスラーム研究に対し、（本書もその内容はスンナ派に偏ってはいるものの）その中の三大宗派、マートゥリーディー派、アシュアリー派、「ハディースの徒」という三つの主要学派それぞれの、教義解釈の違いも含めて、異端との相違にいたるまで実に詳細に比較研究した一冊であり、正直言って、イスラーム神学の世界がこんなにも複雑で深いとは知らなかっただけに、新鮮な驚きがあった。
「アッラーに手はあるのか？」といった単純だが、イスラームの神性とはなにかという根本的な問題を提起し、「アッラーは悪を意志するのか」といったキリスト教や仏教にもある神または神性に対する根本疑問等々を、宗派毎に比較分析しておりその内容の中身の濃厚さには圧倒される。
そういった純神学的詳細さ（無信心者にとっては、どちらかというと辟易とするところもあるが）ばかりではなく、「死後の出来事」、「終末の前兆」といったいかにも宗教的な迷信的にも思える項目についても宗派毎の比較対照もおこなっており、この部分も実に面白い。
(16年1月発行)