暢気眼鏡・虫のいろいろ 尾崎一雄 岩波文庫
尾崎一雄は1899年生まれ、1983年没の作家だが、自らの私生活を題材にしたいわゆる中短編私小説の大家と言われた作家だ。
裕福な家庭に生まれたものの先祖の残した財産を食いつぶし極貧とも言われる売れない作家としての生活を送る―――という、まさに「日本的私小説」の舞台を生きた作家であるが、その筆致は決して暗いものではなく、なんだか自らの（他からみたら）すくいようのないほど貧しい生活を笑い飛ばして居直っているようなところがなんとも言えない味になっている。
この短編集に収められている15編は、作家が30代初めの時期に書いた代表作「暢気眼鏡」などから始まり老境に至った時期までの約50年間の傑作短編が収録されているが、その作家としての信条の変化は驚くほど揺れが無いことに驚かされる。
今時、貧乏物語や私小説が世間受けするのだろうかと考えた時、ある意味では尾崎一雄という作家自身が、一時代を築いた日本の代表的作家ではあるものの「古き良き日本の作家」というべき人物のような気もしてくる。しかし小説らしい小説を読んだ！という気になれるからやはり自分自身も相当に古い人間なのかなぁ〜と思う。
（98年9月発行）