台湾生まれ日本語育ち 温又柔 白水社
海外で暮らすようになった日本人の多くは自分が「日本人」であることを強く意識するといわれる。日本にいたら余り意識することがない「自分は日本人なのだ」という意識を外国では強く感じるような機会が多いからだ。
その中心的な理由の一つは「言語」ではないだろうか。どれだけ外国語に堪能になれたにしろその国の言葉を形作る言葉自身は勿論のこと、その言語の背景となる文化、歴史といったものの知識、あるいは両親や親せきとの言葉の違い―――といったものを比較せざるを得なくなったとき―――ああ、やっぱり自分は日本人なのだ！と感じざるを得なくなるために、「日本人アイデンティー」意識が強くなるのではないだろうか。
台湾に生まれ、両親とともに3歳で日本に来て以来、日本で生きてきた著者の場合、生まれて初めて覚えた言葉は、台湾でしゃべられている中国語混じりの台湾語であったが、3歳以降は家庭では両親のしゃべる（まさに戦後生まれの台湾人世代のしゃべる中国語）、外では回りが喋る日本語で育ったという。
国際化が激しい昨今、生まれと育ちの地が違うことによって自らのアイデンティーに迷う経験をしている人はきっと多いかもしれない。
戦前の日本統治時代に育った著者の曽祖父世代は、統治時代に教育を受けた日本語（いまの現代の国語とは違う「國語」）を使うことができ、戦後生まれの両親は、蒋介石政権によって強制された北京語と台湾語のミックスをしゃべり、自分は日本語で育ったという著者のエッセイは、自分の母語と母国というものに対する意識が希薄な我々にとって極めて興味深いものになっている。
パスポートは当然のように日本国から発給され、当然のように母語としての日本語をしゃべり、自分の回りも日本語であるという環境で育った我々が、著者のように日本国から「在留許可」を与えられ、労働時間なども在留者としての制限を受ける――という立場にある人達、あるいは母国の籍をはなれ日本に帰化申請した外国人のみずからのアイデンティーに対する複雑な思い―――そういった自分達の知りえない経験をしている著者のエッセイは実に目新しく感じたし面白かった。
（15年12月発行）