原節子の真実 石井妙子 新潮社
原節子は大正9年生まれというから亡き父と同い年である。デビューが15歳の時、昭和10年であり昭和37年を最後に引退し平成15年に亡くなるまで50年以上に亘って全くの隠遁生活を送っている。
昭和22年生まれのタカさんでさえ、もう中学時代には引退していた彼女の現役での記憶はほとんどなく、度々放映される小津作品（「東京物語」等）の「紀子」役で幾度も見ているからなんとなく現役地の記憶があるように思ってしまうに過ぎないかもしれない。
しかし、「永遠の処女」といわれるほどの美貌をもって活躍し、花の盛りのままに隠遁生活に入り、なんと半世紀にも亘ってそれをかたくなに守り続け95歳でなくなった女優！というだけでも彼女は十分我々世代には興味のある人物だ。（ひょっとしたら、父も同世代の女優として憧れをもっていたかもしれない）
何しろ、関係者の多くも既に亡く、本人へのインタビューもできないなどの悪条件の下で、その謎の女性の評伝を書こうという著者の努力は評価に値すると思う。
無責任なゴシップ調の虚報に基づくもの、興味本位でのでっち上げの彼女の恋愛物語等々、まともな評伝のない原節子だが、本書はそんな彼女の本格的な評伝としてははじめてのものではないだろうか。
当時、まだ両家の子女がつかなかった女優という仕事に比較的裕福な家庭で育った原節子がつき、しかも15歳という若さでデビューした経緯、そしてその後、数々の名監督と巡り合い国際的な女優として戦前そして、戦後の女性像を体現した彼女が、なぜ42歳で唐突に銀幕世界と縁を断ったのか―――等々、一つの時代を語る上で実に面白い素材であるともいえる。
原節子といえば小津安二郎と言われる位の名コンビの二人だと思っていたが、原自身は決して小津作品を高くは評価していなかったこと、尊敬する義兄の影響なのか原自身は、かなり思想的には右翼的な面が強かった―――といったエピソードも豊富である。
（16年3月発行）