死を迎える心構え 加藤尚武 PHP研究所
著者は1937年生まれというから今年で79歳になられるわけだが、哲学者でこの年齢になられたからということもあるのだろうか、「死」についての講演を依頼されることも多いという。
おそらく、人というものは古今東西だれもが一度や二度、いや中には常に「死」というものを考えているのではないだろうか。
しかし、まだ誰もがその経験談を語ってくれたことのないテーマだけに、それこそ繰り返し様々な面について「死」に関する考察やら論議が繰り返され（そして結論が得られぬままに）、全ての人が、一度は実際にその道を辿っていくが決してその体験をこの世の生きとし生ける人々に教えてくれるわけにはいかないのだ。
そもそも「死」とは何なのか？という定義にしたところで確定したものがある訳ではない。生物学的な死と、例えば無意識に陥っている際（例えば睡眠中や、脳死状態、あるいは意識不明状態のような）とではどう違うのか―――ということにしてもそう簡単に定義付けることはできないかもしれない。（睡眠中は死んでいて、起きた時に毎回生き返るのだ―――と定義してもおかしくはない）
「死」という大テーマを扱うにしては、簡潔すぎる一冊とも思えるが、著者の専門分野である近代哲学的な面からのアプローチにはじまり、生命倫理から、そして法律、芸術、宗教、更には文学者たちによる様々な死に対する考察、思索といったところまでも触れながら、老齢の哲学者として自らの「死」に対する思考や感慨を述べるなど、中身の濃い一冊だった。
自分に取っては「死」 がまだまだ他人のものである、という感覚でとらえていた時期が長かったけれど、自分も70に近くなってくると、「死」を他人のものとしてではなく、自分のものとして考えるようになっていることに本書を読みながらあらためて気付かされた。
（16年5月発行）