風土記の世界 三浦祐之 岩波新書
現代文明の基準を用いれば（用いる必要はないかもしれないが）、5000年前のエジプト文明や3000年前の中華文明にまで遡る必要もないけれど、2000年前にプルタルコスが「英雄伝」に描いたローマ時代の文明社会と、紀元700年頃に成立した神話的要素ばかりの「古事記」や「日本書紀」あるいは「風土記」の描く古代日本の、文化レベルの違いには驚くばかりだ。（古代ローマが崩壊した時期でさえ日本はまだ神代という訳なのだから―――）
まあ、そういう比較は置いておいて（グローバル化していなかった時期なのだから世界の別の地域とそんなに比較する必要もないのだから）、我々が「歴史」をいつ頃から持っているか？を考える際に、なにしろ最初に出てくるのが「古事記」と「日本書紀」そして「風土記」である。
本書によれば、白村江の戦いに敗れ国家のアイデンティティー危機にあった日本では、中国に習って、紀・志・列伝の三部をもつ「正史」の編纂が計画されていたという。
紀や列伝は国家の縦軸となる時間に関する記述、志は横軸として広がる版図を明示するものだったという。
この内の「志」の準備資料として編纂されたのが各地の「風土記」であるが結局、この「正史」の目論見は挫折、成立したのは「紀」である、「日本書紀」だけであり、志や列伝は編纂されなかったという。
すなわち風土記は今でいうなら「生資料」であり、そういう意味で、各地の風土記に書かれた事柄は、当時の日本列島の統一の経緯、一部大和勢力とは独自の力をもっていて、後に大和に従属するようになった地域の、大和に対する生の声が入っているのだという。
新書一冊で各地の異なった風土記（それでも、現存するのはそのほんの一部に過ぎない）の上記のような延喜やそれぞれの相違点などのいわゆる「風土記自身の研究」からはじめ、それぞれの内容紹介、そしてそれらの内容が意味するものは何か―――といった点までを網羅解説しようという試みだけに、「風土記」の面白さが分かればよい―――と本書を手にとった読者にはいささか不満も残るだろうが、本書を入門書として今後、個別の風土記を楽しんでいく―――というのがよいのではないかとも思う。
特に「風土記」の中には、随分とおバカな天皇などの権力者が出てきて物語の中ではバカにされまくっているところなどは、当時の地方が必ずしも征服者、支配者としての大和に服従していなかったことを示しているという指摘などは、日本の古代史を見て行く視点としては今後も大いに参考になると思う。
（16年4月発行）