赤へ 井上荒野 祥伝社
「死」を題材にした10の短編が収められている。その多くが作家の周辺、あるいは日常における「死」をテーマにしており日本的な「私小説」といった趣きがある。
この作家の作品では以前「切羽へ」を読みその読書評でも「いい作品だが、大衆受けしそうもない」といった趣旨のことを書いたが本書も同じような感想をもった。
「死」というものは誰にでも一様に必ず訪れるものではあるが、それを体験的に語った人はいないし、それに基づく作品もない。すなわち、全ての人にとって「死」の経験とはあくまでも他人の「死」であり、想像上のものでしかない。そういう謎にみちながらもイメージがいくらでも膨らむ余地のある「死」こそが文学や哲学最大のテーマになり得るということをあらためて感じた。
表題作である「赤へ」は中学生の娘の同級生の自殺を巡る話だ。幼き日々、娘と仲の良かったその同級生の自殺の原因には、娘を含むクラスの仲間達の陰湿ないじめがあったのではないか――――娘のLineを盗み見てしまった母親が知ってしまった複雑な心境、ひたすらそれ等の事実を隠蔽しようとする学校や父兄たち、娘の死の原因を必死に知ろうとする自殺した娘の両親たち―――といった極めて深刻な葛藤劇が描かれていて「死」というものが人によってどれほど異なって捉えられていくかが、綿密に描かれていてある種の戦慄すら覚える。
「母のこと」は作家故井上光晴の妻であり作家の母である女性の死を描いたものだ。最後まで死に抗い生に固執した父とは正反対にガンが見つかった時に「よかったわ」といって死までの1年余りを静かに暮らした母の死を思う時、作家は母がその死を完遂することで彼女の人生という演じ続けた舞台での演技を見事に演じきったのではないか―――と感じる---といったテーマには、人が人生を送るということ全てが実は虚構であり、本当の自分の人生とは、そして自分とはいったいどこにあるのだろうかという実像は本人すら知りえないのではないか―――という問いかけに聞こえてきてしばし考え込んでしまった。
（16年6月発行）