服従 ミシェル・ウェルベック 河出書房新社 6
フランス中華思想とでもいうべき「フランス語は世界一美しい、フランス文化は世界最高である、フランス料理は―――」といったある種、嫌味にさえうけとれるフランス人のプライドがイスラーム教徒のフランス移民の受入れなどの人権主義になってきて他のEU加盟国などや、フランス国内の右派勢力から様々な批判を受ける事態にもなっているが、それでもフランスの「良識派」といわれる大勢は、これこそが正義である！というプライドを貫こうとしており、それが様々なテロなどになって次から次に起こり深刻な国内対立を産んでいることは昨今のフランスでの政治状況が示すとおりだ。
そんな中に於いて発表されたこの小説は、2022年にフランスでイスラーム政権が成立してしまい―――というなんとも荒唐無稽な近未来SF小説のような設定なのだが、本書の発行初日に偶々あのシャルリエブド社襲撃のテロが起き、フランス政府が本書の作家ウェルベックに対するテロの怖れから彼の身辺警護を始めた―――というニュースなどもあって「ひょっとしたら、この小説のようなことが現実になるのでは―――」という評判を呼んだことで現在もフランス国内でベストセラーになっているという。
ウェルベックは、現代フランス文学界における重鎮ともいえる作家であるとのことで、確かにこの小説はかなりフランス的（？）な退廃感（アンニュイというか）のベースをもった現代私小説の雰囲気をもっていてその点での人気もあると思うのだが（それ自体はそんなに面白くはないが）、やはり読み処はセンセーショナルな「フランスにイスラーム政権ができる」という部分を、いかにもありそうな話であると思わせる作者のフランスの政治、文化背景の分析部分にある。
フランスの政治情勢は現在も、自由主義、人権思想を背景としたフランス与党連合の主張する思想と、ルペン党首率いる「フランス第一主義」そして排他的な保守主義勢力のせめぎ合いだが、そこに第三勢力としてのイスラーム政党がいまや無視できない勢力となっているという部分を忘れてはならない。
2022年大統領選挙で移民排斥を訴えるルペン率いる国民戦線が第一党になるも単独政権樹立の過半数をえることができず、それに対抗する左派社会党と中道勢力は、第二党に進出していたイスラーム主義政党との連携に合意、遂にフランスにイスラーム政権が樹立する-――というシナリオだが、現在の混沌としたフランスの政治状況からすると満更荒唐無稽とも思えなくなってくるこの設定がやはりフランスでの本書の売れ行きの最大の理由だろう。
あれだけ、フランスに誇りをもっていたフランス人がいかに右派の台頭を嫌っていたにせよ果たしてフランス文化の基本にあるキリスト教を見限りイスラーム勢力と連携などはかるものなのだろうか――――という疑問が当然起こりうるが、例えばこの小説の主人公であるソルボンヌ大学の教授でさえイスラームに改宗すれば大学教授職を続けることができしかも給料も以前の三倍にもなると聞いたら――――自分を納得させイスラームに改宗する-――といったように、イスラーム―勢力は力によってではなく、金の力によってフランス文化をイスラームに「服従」させて行く―――というストーリーには、札束で頬を撫でられればいとも簡単に不満を和らげることができる日本人には分かり易いはなしではある。
政権につくまでのイスラーム勢力の資金源はサウジなどの石油王国の資金がメインだが、政権について以降はフランスの巨額な教育費を削り（女性が学ぶことも、はたらくこともイスラームにそぐわないのだからその分だけ削っても問題ない）、その分で社会福祉を更に充実すれば誰も文句をいわない―――という話には、妙に納得してしまった。
日本における「平和勢力」といわれる人達が領土問題一つにしても、なにしろ相手と争うことを避け、服従することで得られる「奴隷の平和」の方が紛争よりも好ましいとするのと、本書の「服従」に描かれている話とはなんだか随分似ているように思うのだが---。
（15年9月発行）