ユダヤとアメリカ 立山良司 中公新書
アメリカに於けるユダヤ系の人口比率は、ヒスパニックやアフリカ系、アジア系人口比率の増加という現象もあって現在では約2％程度に過ぎないが、相変わらず政治経済、あるいは文化面などのあらゆる分野において主導的な地位を占める人物が多いことは驚くほどだ。
その理由としては民族的に優秀な民族なのだから〜といったいささか人種差別（逆差別？）的なものもあるが、なにしろ彼等の団結力の強さがなんらかの影響を及ぼしているのではないかと感じる場面は多い。
それは、この民族が2000年以上に亘って国を持たないディアスポラ（流民）として世界に散らばりながらも彼等の宗教であるユダヤ教の教えにしたがい、又彼等の言葉であるヘブライ語を使い続けてきたという民族的歴史に基づくものかもしれないが、アメリカに暮らしてみると、何しろこのユダヤ系の人々の意向に逆らうような政治、経済的な決定はほとんど不可能である、という「鉄のような掟」に驚かされることが多い。
その影響は日本にも及んでいる。例えば今から10数年前に日本がイランとの間で進めていた世界最大級のアザデカン油田の開発事業は、日本の数少ない独自開発の大型油田として大いに期待されていたものだが、イランの核開発疑惑を理由にしたAIPAC（全米ユダヤ人協会）のロビー活動による米国政府の対イラン協力国への経済制裁といういわば横紙破りにより、日本は折角の権益を泣く泣く放棄せざるを得なくなったという経緯もあったが、この時はつくづく、ユダヤ・ロビーの力を感じた物だった。
本書は、そんなユダヤ・ロビーと現代アメリカの政治情勢との関係の研究者である著者がその最新情勢を解説するもので、そもそもキリスト教徒が主流であるアメリカ人が、なぜある時は理不尽とも思えるほどの「プロユダヤ、プロイスラエル」主張にこだわるのか（アメリカのプロテスタントの主流である福音派は、聖書の言葉を全て信じる---という教えを守っており、旧約聖書では、イスラエルの地は神がユダヤ人に与えると言ったと書かれている以上は、その言葉に従ってプロイスラエルこそが、信者として正しいと信じている―――のだとか）にはじまり、アメリカにおける様々なユダヤの影響や、その実体を説いてくれている。
特に本書で強調されているのは、今までのようにユダヤ・ロビーといえばAIPAC一辺倒であったアメリカのユダヤ人コミュニティーの中に最近はJストリートといわれる穏健、リベラルな団体が一定程度の力をもちはじめ、多くの場面でAIPACと対立する主張を行いAIPACに対する反感をもっていたアメリカの非ユダヤ人の好感をあつめているという事実である。
なんであの「清く正しい」をモットーにしているはずのアメリカが中東問題となるとあそこまで理不尽になれるのか―――と疑問に思っていた日本人の多くにとっては、このJストリートの動きはかなり注目に値するのではないだろうか。
（16年6月発行）