科学者は戦争で何をしたか 益川敏英 集英社新書
2008年にノーベル物理学賞を受賞した著者だが、その受賞時のインタビューで受賞の感想を聞かれて「たいして嬉しくない」と答えていたのが印象に残っている。
著者によれば、本来どんな科学賞でも受賞決定はまず本人に「受けていただけますか」と打診があり、「受ける」との回答があってはじめて発表されるものなのに、ノーベル賞は全く「上から目線」で「あなたに決まりました、発表は10分後です」と一方的だった―――まことにけしからん、と思ったから「たいしてうれしくない」といったのだという。この一件だけからも、著者が中々昔堅気の「研究者」タイプであることが分かる。
本書はそんなある意味で一本気な（まあ、悪くいえば偏屈といえるかもしれない）老科学者が、若き日に深い薫陶を得た恩師、物理学者の坂田昌一博士の言葉「科学的な成果は平和に貢献しなければならない」をその研究において常に意識するばかりではなく、研究外の生活においても実現させるべく、常に彼が信ずるところの「平和運動」に取り組んできたその「一科学者としての半生の信条」を回顧的に語ったものだ。
アルフレッド・ノーベルがその発明品であるダイナマイトが戦争で使われ多くの死者がでたことからそれを悲しんだ彼が平和の為にとノーベル賞を始めたことや、アインシュタインがみずからの研究成果が原子爆弾となって広島・長崎の惨劇を生んだことなどを悲しんで平和運動に携わり続けたことなどからも分かるように、科学が戦争の道具としてに使われることは今も科学研究に携わるものにとっては大きなジレンマになっているが、そういった科学が本質的にもつジレンマに麻痺することなく常に意識することが必要だという著者のメッセージはそういった矛盾に目をつぶり勝ちで、あるいは自分の研究の成果の戦争などへの使用については「自分の責任ではない」と逃げでしまう研究者への益川さんなりの警告はあらためて拝聴の必要があるだろう。
生活にとって欠くことのできないほどの発明品のほとんどが使い方一つで凶器にもなり得る（料理用の包丁で人を殺すことも可能である）という矛盾と同じで科学が使い方一つでは戦争の道具となってしまうという矛盾は、決して解消されることはないだろう。かと言って、科学研究一切を止めるべきだという議論には成りえない。そんな矛盾を自らが信じる「平和運動」従事で自己満足的にいやしたところで、本当に科学のもつ矛盾を解消したことになるのだろうか―――ちょっと疑問を感じる部分も多いが---。
電波を跳ね返さない塗料の開発がステルス爆撃機の塗料に使われることに、これを科学成果の軍事利用として禁じるべきなのか―――その場合、平和利用に使われることでさえ禁じなければならないという不都合が生じるが、そうやって科学の進歩を止めてよいものだろうか―――等と考えると―――益川さんの主張がちょっと、科学研究の本質から離れすぎているような気がしないではないが―――。
（15年8月発行）