カエルの楽園 百田尚樹 新潮社
共産主義を批判したオーウェルの「動物農場」などの社会風刺の手法である「寓話」の近代の元祖といえるのは帝政ロシア時代の作家クルイロフだといわれているが、彼の寓話集「クルイロフ寓話集」に次のような話が載っている。
料理人が仕事場に戻ってみるとネコがひな鳥を食べようとしていた。料理人はネコを激しく叱りつけた。「なんという悪党だ！情けない奴だ！恥ずかしいとは思わないのか！」 それでもネコはひな鳥を食べ続けたので料理人は益々激しく叱りとばし、そのお説教は留まるところをしらなかったのだが―――。しかし、料理人が長々と叱りとばしている間にネコはそのひな鳥をすっかり平らげてしまった―――。
この寓話でクルイロフが言いたかった寓意は明らかだ。力は行使すべき時には行使しなければならず、いたずらに言葉だけを費やしても何事も改善されはしないということだ。
この寓話は当時のロシアの社会状況においても様々な場面で当てはまったと思われるが、今の日本にもまた様々な意味で当てはまりはしないだろうか。
日本固有の領土である尖閣を巡る度重なる中国の侵犯に対して日本はどのような措置をとってきただろうか。
ついには、中国軍の戦闘機が尖閣周辺の警備飛行を行っていた自衛隊機に対し、ミサイルの照準を合わせるというまさに攻撃威嚇を幾度も仕掛けてきたにも拘わらず、「自衛隊による反撃姿勢は、いたずらに事態を紛糾させるだけであり憲法9条違反にもなる」という「平和勢力」による反対などもあって日本政府は「抗議」をするばかりで何もできないでいる。しかし、その間に事態はどんどん悪化、いまや尖閣への民間を装った中国船団の占拠さえ考えられるところまできているともいわれている―――。
ツチガエルたちの楽園、「ナパージュの国」の寓話である本書と、今の日本の状況は、まさにあのクルイロフのネコと料理人の話とそっくりであるように思える。
ナパージュ国は、崖の上にある楽園だが、最近崖の下の沼から、巨大で凶悪なカエル、ウシガエルが登ってくるようになった。
ナパージュのカエルたちは、ナパージュが平和であるのはナパージュには「三戒」といわれる平和の掟があるからでありこれを守ってさえいれば平和を愛するウシガエルたちも決して襲ってこない―――と信じているのだが―――。
ウシガエルたちが崖を登って来なかった理由は、スチームボートという大鷲が崖の上に住んでいてにらみをきかせてくれていたからであり、又、ウシガエルたちが、途中で引き返すのは、ウシガエルと戦えるぐらいの強さをもつハンニバル、ワグルラ、ゴヤスレイの3兄弟のカエルが監視しているからなのだが―――。三戒の力を信じるカエルたちは、年老いたスチームボードを追いやり、ハンニバル等の3兄弟は三戒を破ったからと言って殺してしまう―――。
益々、増長したウシガエル達がどんどん崖を登ってきて、日に日に仲間達がウシガエルに食べられてもなお「自分達の祖先が昔わるいことをしたからであり、自分達の反省が足りないのだ―――」とカエルたちは信じて、絶滅への道を辿る―――。
いやはや、この寓話の分かり易さが、余りにも今の日本に似ていて、大笑いしてしまうと同時に、心底背筋が寒くなった。
（16年2月発行）