科学の発見 スティーヴン・ワインバーグ 文芸春秋
「ワインバーグ＝サラム理論」でノーベル物理学賞を受賞した第一線の量子物理学者としても知られる著者だが、本書で述べられている「科学」の定義には、なんだか目から鱗が取れたような感覚を覚えた。
著者は、「近代科学」といわれるものが始まった時代、すなわちコペルニクス、ケプラー、ガリレオ、ニュートン等によってなされたいわゆる「科学革命」が、それ以前のギリシャなどを起源とする「自然哲学」とは、ある意味、全く別のものであり、まさにこの時期に「科学の発見」がなされたという。
すでに、多くの科学的な発見がなされ様々な自然の仕組みが解明されている現代の基準からみて、ギリシャの自然哲学や、初期の近代科学者たちの誤謬をあげつらうことにいささかの抵抗を感じないではなかったが、著者はもちろんそういった「不遜さ」は十分理解しつつも、まさにそこを衝かないと「科学とはいったいいかなる営みであり、なぜ人類は現在の地平に立てているのか」を知ることにはならない―――という信念のもとに本書を著していることがよくわかる。
たとえば、著者は自然哲学者としてのアリストテレスの方法論は、観念的に「理論的に世界を解釈すること」を目的としたものに過ぎず（ポエムに過ぎないとまでいう）、その理論が、観察された事実や天文学的データと整合性をもっているかどうかは全く考慮されていなかったという。
さらには、アリストテレスの自然哲学理論は、「自然現象の目的は何か」を思考することであり、その目的論的な理論構造は、近代科学が追い求めているものとは全く異質であるという。
以降、近代科学史としての多くの分野における多くの近代科学者の業績を「現代科学の集大成的な知見をもつ」著者が、バッサ、バッサと評点を加える形で論がすすめられており、過去の過ちをあげつらわれている多くの歴史的な科学者たちが、いささか気の毒にも思えるけれど、まさに、こういった批判、評価の積み重ねこそが、科学の発展を支えてきたという冷徹な事実を知れば、彼等偉人たちを称える気持ちは却って高まるかもしれない。（「アリストテレスは詩人に過ぎない」という評価に対して、おそらくアリストテレスはきっと「それは褒め言葉として聞くことにしよう」と答えるのではないだろうか。
430頁にもなる大著だが、一気に読ませる迫力があり実に面白い。近年にはない傑作とさえ言えるのではないだろうか。
（16年5月発行）