シビリアンの戦争 三浦瑠麗 岩波書店
最近メディアで見ることが多くなった著者だが若手（80年生まれだがそういって差し支えないだろう）の国際政治論客として注目を集めているのは、リベラル保守ともいえる現実論的なその姿勢のユニークさにあるのではないだろうか。
盲目的ともいえる「憲法絶対論」（憲法を守っていれば、死んでもいい、といった）には常識的に反論し、対米追随としばしば批判を受けるこれまた盲目的な保守論にも批判を加え、「必ずしも日本の核武装を否定しない」という立場をとるとなれば、たしかに「おや？」といった注目を浴びるのは当然かもしれない。
本書は著者の東京大学大学院の博士論文を基にして書かれた論考だが、その内容も中々ユニークなもので「おや？」と思わせるものがある。
著者は、「軍は常に戦争をしたがっており、一方シビリアンは常に戦争に反対している」という考え方は、近代民主主義国家においては幅広く信じられているが果たして本当だろうかという疑問を出発点として論考を進めている。
戦前の日本における政治（一応、シビリアンと規定してよいだろう）と軍部（関東軍や終戦時の陸軍のような）の関係では、一時は「戦争を嫌がるシビリアン代表を、戦争をしたがる軍部が引っ張りまわした」という事例もあったことは事実だが、朝日新聞をはじめとするマスコミ（シビリアン）が、戦争に抑圧的であった政治や軍部に対して「弱腰」あるいは「軟弱」といった批判を続けた結果としての開戦といった事例も見られるし、現代においても日本の独自防衛力としての核武装を容認する勢力は、むしろ在野のものが大半だ。
世界的、近代史的にも、「軍に対するシビリアン・コントロールこそが戦争反対、あるいは平和のための必須条件である」という思想の根本を流れるテーゼがかならずしも正しいとはいえず、むしろ、戦争に対して抑圧的な軍を、シビリアンが押し切って戦争への道を歩ませるケースが数多くあったことを著者は豊富な例を挙げて解説しており、納得のいくものが多い。
ここに挙げられている具体的は、クリミア戦争、第一次・第二次レバノン戦争、フォークランド紛争そしてアメリカによるイラク戦争であるが、ここで述べられている戦争の推移経過は、実に詳細であり又、それらの戦争判断の際に働いた人々の心理的メカニズムなどの分析（歴史的使命感、正義感、国内政治上のコスト・ベネフィット計算、突発的事件や恐怖、政治指導者の人命コストへの許容性等々）も面白い。
火事がないと商売あがったりだからといっても、消防士は放火犯になり得るとは中々考えないのに、なぜ軍隊はほおっておくと戦争をしたがる、と考えるのか―――。
確かに「いわれてみるとそうだ！」とうなずける点で面白い一冊だった。
（12年10月発行）