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ヴェルヌの「八十日間世界一周」に挑む M・グッドマン 柏書房
ヴェルヌが「八十日間世界一周」を発表したのは1873年、日本では新橋・横浜間に初めて鉄道が通った年、明治5年のことである。
その当時の日本のことを考えれば、SFの開祖といわれているヴェルヌだからこそ、150年近く前に、「八十日間で世界を一周する」という、今でいうなら「火星旅行をする」と同じ位のSF性をもった事を物語にすることができたのだろう。
そんなヴェルヌの小説発表からわずか16年後の明治22年に、この空想に過ぎないと思われていた「八十日間世界一周」に実際に挑戦してみた二人の女性がいた。
一人はネリー・ブライという体当たり取材で名をはせた活発な女性記者、もう一人は読書欄などを担当するおっとりとした南部育ちのおしとやかな女性記者だった。
二人は、当時のライバル同士であったニューヨークの新聞社が送り出し、一人は東回り、もう一人は西回りで世界一周の旅に出たが、二人の挑戦は連日世界中の新聞をにぎあわせたという。
なにしろ、この時期（日本では明治22年！）に、女性が単独で世界一周早回り旅行に出た！というのだから、確かに世界の耳目を集めた大変な騒ぎであったことは容易に想像がつく。
本書はそんな若い二人の女性の女性記者による世界一周の旅程を追ったもので、アメリカから出たこともなかった二人が見たこの時代の異国の様子が詳細に語られる中で、読者もまた今から130年程前へタイムスリップし、更には世界一周旅行をしているかの気分を味わえる。
その当時のアメリカ人、イギリス人たちがもっていた人種意識がいかなるものであり、中東やアジアの植民地の人々がいかに貧しくて、人としての尊厳などほとんどみとめられていなかったといった社会的、文化的背景が語られており、二重、三重の面白さが味わえる一冊だ。
レースの勝者が誰であり、敗者が誰であったのか。そして、レースの後の二人の人生はいかなるものであったのか―――といった後日談部分も手厚く描かれており、むしろ、この部分の方が旅行そのものよりはるかにドラマチックであることにも、感心させられた。
いまとなっては、こんな二人の女性がいて大評判になったことなど知る人はほとんどいないということにも、わずか百年ちょっとという時間の経過が、実はとんでもなく昔である、ということになるという冷徹な事実を突きつけられたような気がする。
（13年10月発行）