タカさんの読書日記索引に戻る
冬の王 トマス・ペン 彩流社
外国人が日本の中世を題材にした映画(例えば「平家物語」）を見ても、多分全く面白くないのは、我々日本人なら幼い時から知っている「壇ノ浦の戦い」だとか「義経と弁慶」の話といった時代背景を全く知らないからだと思うが、英米で人気のある中世英国やフランスの歴史的事件や人物を題材にした映画が（例え欧米でどれだけヒットしていても）日本ではさっぱり人気が出ないのと同じだと思う。
時代物は、それなりにその時代背景や、歴史を知らなければ楽しめないから、我々日本人が例えば中世のイギリスの「ばら戦争」やら「ヘンリー8世」を描いた映画を全く楽しめないのも当然だろう。
そんな意味からすると、まだ多少は馴染のある英国国教会を自分の離婚問題を理由に設立し、6人の妻をもって絶対的な王として君臨したヘンリー8世や、その娘であるエリザベス1世ならともかく、テューダー王朝の実質的な初代国王であるヘンリー7世という全くと言ってよいほどなじみのない人物の物語、しかも480頁という大作には挑むのはいささか躊躇されたのだが―――。
しかし、結局、10日近くかけて読破した本書だが、その時代背景を知らなくても、歴史大スペクタクルとして大いに楽しめたし、今まであまり興味もなかったイギリス王家について興味を欠きたてられた。（物語でありながら、評伝的に登場人物や時代背景が細かく説明されているのでとっつき易いところもよく工夫されている）
華やかなその在位期間のエピソードに飾られ独裁者としてもその権勢をふるったヘンリー8世（彼の宮殿であるハンプトン・コートは、その豪華さで今もイギリス観光の名所になっている）が春に戴冠したために「春のヘンリー8世」と言われるのに対し、王族間の王位争いである「薔薇戦争」を勝ち抜き、冬に戴冠したヘンリー7世は、その生涯を通じての権謀術数をつくして絶対的王権の確立とその永続性確保に努めた「冬の王」の異名をとるなど決して華やかな人物ではないが、本書ではその秘術を尽くし絶対王権確立までの軌跡を、これでもかこれでもかと詳細に描いていて、これは歴史評伝なのか、それともシェイクスピア流の創作宮廷物語なのかといぶかられるほどで、読み物として実に面白い。
ヘンリー7世はその王子アーサーにスペイン王室からキャサリン妃を迎えるのだが、その婚儀は実に贅をつくしたものだった。キャサリンを迎えたことでスペインとの関係は良好となったが、アーサーの突然の死で暗転（アーサーの弟の後のヘンリー8世がキャサリンを妻に迎えたが、兄弟で同じ女性を妻にしてはいけないというカソリックの掟に触れたことなどもあって、後にヘンリー8世が英国国教会をつくることになる）、さらにはヘンリー7世の妻であったヨーク家出身の王妃も亡くなると、一旦和解しかけていたヨーク家とテューダー家の関係も悪化、ヨーク家の策動が激しくなったことでヘンリー7世は、再び、権謀術数を用いての絶対王権確立に邁進する―――。
フィリップ美公、そして狂女フアナ、あるいはエラスムス、トマス・モアといったこの時代の人物とヘンリー7世とのかかわりなどのサイドストーリも面白く、実に楽しめる一冊だ。
（16年7月発行）