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市民 トム・ペイン ハワード・ファースト 晶文社
アメリカ建国の英雄といわれるジョージ・ワシントンをはじめとするお歴々の中で、忘れられた存在と思われているトマス・ペインの業績は、実は建国の父ワシントンに勝るとも劣らないと思えるものだ。
「コモン・センス」はわずか20数頁のパンフレットだが、その中でトム・ペインはアメリカに於ける共和制の確立とその独立を熱く説いた。
この檄文に奮い立った市民はこぞって独立戦争に参加したが、彼等兵士全員の雑嚢には一冊、擦り切れるほど読まれた形跡のある、「コモン・センス」が入っていた、といわれている。
熱狂的に迎えられた「コモン・センス」は、まさにアメリカ独立の精神的な柱ともいうべき檄文であった訳だが、同時に、今やトランプ大統領登場でおかしくなりかけている、アメリカ建国時の自由と人権を重んじる民主主義の原点を今も人々に思い起こさせる書であり、アメリカという国の姿を描いた書であるといえる。
こういった明確な思想に基づいた理想を打ち立てたからこそ、当時のアメリカ人達が独立という歴史的偉業を成し遂げることができたのだと言える。
彼はイギリスの下層階級に生まれ、父の家業だったコルセット職人を継ぎ、更には私掠船のキャビン・ボーイ、浮浪者、収税吏、煙草工場経営・兼・町会議員などの職業を転々としたのち、フィラデルフィアで雑誌の、編集・兼執筆などを行っていた。
「コモン・センス」執筆後、自ら銃をもって独立戦争に参戦、ワシントンの知己を得るが、戦局が悪化していた時期、ワシントンに「君の力にすがりたいのだ」「何か書いてもらえるとありがたい」といわれ、パンフレット「危機」シリーズを第一六集まで書きつづけたという人物で、まさに独立戦争の思想的な柱であったことがこのエピソードからもわかる。
本書では、そのようなペインの今も通用する自由思想がどのように形成されたか、又、具体的にどのようなものであったのかについて詳細に述べていて、何だか今読んでいても彼のこの檄文調の名文には感動すら覚える。
ペインの評伝である本書が面白いのは、独立戦争が終わりアメリカが独立して以降、ペインがその自由思想を更に世界各地で実践に結び付けようと、母国イギリス、そして革命最中のフランスで活躍を続けた点である。
フランスではギロチンにかけられる寸前までの辛酸を味わい、かつての盟友ワシントンへの援助要請をするも、フランスとの関係に腐心していたワシントンに見捨てられてしまうなどの波乱万丈の生涯を送ったことなど、キューバ革命の英雄として天寿を全うしたカストロと、キューバ革命後、南米やアフリカでの革命を夢見てキューバを離れ殺されたゲバラと何か通じるものがあるようにも思えた。
二段組 360頁に亘る大著だが読みごたえ十分で時間の経つのを忘れる名著といえる。
（85年4月発行）