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長英逃亡（上下） 吉村昭 新潮文庫
ペリー来航の15年前、日本人漂流民7名を保護したアメリカの商船モリソン号は、その7人の日本へ送還の目的で来航したが、当時の浦賀奉行は「異国船打ち払い令」に基づいてこれに砲撃を加え追い払ってしまった。
高野長英や渡辺崋山など当時の優れた近代思想の持ち主は、このモリソン号に対する幕府打ち払い令を批判したが、逆にとらえられてしまう―――いわゆる蛮社の獄である。
この高野長英を主人公に、いつもの吉村昭らしいドキュメンタリータッチの歴史小説が本書だが、捕らえられた小伝馬町の大牢に自ら火を放ち脱獄して逃亡、厳重な捜査網をかいくぐり江戸から上州、さらに直江津今町から生地である奥州の水沢へと逃避行を続ける―――というまさにスリリングな活劇調の物語が、すべて実話！というのだから驚きだ。しかも、その逃避行が彼の蘭学者としての優れた能力、そして人間的な魅力に惹かれた人々の協力によってなされたものだという人間ドラマとしての面白さも抜群だ。
同じ蛮社の獄でとらえられながらも、長英の幕府批判は渡辺崋山の強硬論とは正反対といってよい、いってみれば幕府の近代化を促すための建白書といってよいものであり、ある意味、彼がもう少し遅く、すなわちペリー来航の時にいてくれたならば、幕府自身の命運も随分変わっていたかも知れないと思えるものだった。
逃亡生活6年、江戸に戻っていた長英は密告により捕らえられ死亡したのだが、明治になってからその業績に対して正五位を贈られている―――。
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歴史小説という一言ではとても語り尽せない小説の面白さを多面的にもった名作といってよい一書である。
（89年9月発行）