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火花 又吉直樹 文芸春秋
お笑い芸人という異色のキャリアを持つ著者が芥川賞をとった事は随分と話題になったが、最近の芥川賞も文学性がどうのこうのという以前に、その話題性だけで注目を受けようとしている感が強く、どうせ世間におもねっただけなのではないか―――と偏見をもっていたので、芥川賞受賞以来、2年ほどにもなるまで読んでいなかったのだが、テレビドラマ化され、一度偶然ある回を見たら面白かったので改めて読んでみる気になった。
読んでみて、自分がもっていた少なくとも本作品に関する偏見は間違いだったのではないかと思い始めたし、ちょっと変わり者風なこの作家も、じつは中々文学的才能に恵まれた人なのではないか――と思えてきた。
まず、「お笑い芸人になろうと努力している数知れない若者達」という自分にとってはあまりに縁遠い世界―――を描いているという点で、最初から引き込まれた。
「夢」をもち、いやむしろ「夢だけで」生きている若者達―――というのが実に魅力的に描かれていて自分も夢を抱いていたこんな青春時代があったのだ――とこの作品の青春グラフィティ的な面には、なんだか感動すら覚えた。
ストーリーはお笑いの世界での成功に向かって日々を過ごしている「僕」と、先輩というよりか、師匠と仰ぐ年上の芸人、神谷との人間関係を中心に展開する。
神谷は破滅型の芸人で、自分の求めるお笑いの完成に向けては自分自身の生活のみならず性格までを犠牲にするタイプだ。
主人公の「僕」は、この一見お笑いに対してストイックな求道者たらんとしながらも、時に迷い、弱い面を見せる神谷に対して尊敬の念を持ちつつ、一部ではその弱さを冷静に眺める傍観者でもある。
そんな二人が、井の頭公園やハーモニカ横丁など、吉祥寺界隈を巡りながら呑み、かつ、笑いについて、破天荒に語りあう姿を、青春ストーリー的に語っているが、この青春グラフィティの切なさが何とも言えない。
最終章ちかく、「僕」のペアが売れだし、一方、芸の道をストイックに求め続けるが故に、精神的に追い詰められていく神谷の姿がなんとも物悲しく、この作品の肝となる部分だ。
お笑いの仕事が忙しかったからか、受賞後第一作が中々発表されなかったが、最近新作が漸く発表されたとか――是非読んでみようと思う。
（15年3月発行）