タカさんの読書日記索引に戻る
汝、ふたつの故国に殉ず 門田隆将 KADOKAWA
現在、日本のノンフィクション作家の中でもトップクラスの一人として必ず名前が上がるであろう著者の最新作だが、期待に違わず読ませる。
ノンフィクション作品としての人気の秘策の一つは、選んだ題材のユニークさ、おもしろさにあると言っても過言ではないが、この作品の題材も中々ユニークで面白いものだ。
日本人の父と台湾人の母との間に生まれ日本人と台湾人という二つのアイデンティティーを持つ主人公が、戦後は大陸から逃れてきた中国本土人（本省人）と台湾人という差別・被差別の間で生きざるを得なくなるものの、あくまでも台湾人としての誇りを守り続けた―――という不屈の精神を辿ったもので、昨年、漸く台湾出身の政権を樹立した台湾と日本との関係史を一人の人物の生涯を描くことで、語るという中々、巧みな構成になっている。
特に、日本ではあまり知られていない、しかも長く台湾でもその真相が語られることのすくなかった、本省人による台湾人虐殺事件（2.28事件）を扱い、今も大陸中国に圧迫されながらも誇りを失わない台湾人のアイデンティーに触れている点では、多くの台湾好きの日本人にも読んでもらいたい一冊といえる。
湯徳章（日本名：徳田徳章）は、明治40年、日本人の父と台湾人の母との間に台南で生まれそして育った。
父は、台湾で警察官を務めていたが、徳章が8歳のとき、地元の暴徒が警察を襲撃した事件によって命を落としてしまう。幼い徳章の胸にも台湾の人々の為に働いていた、父親の姿が刻み込まれたたが、彼は成人した警察官となるが、その後、中央大学の聴講生となり、超難関の日本の高等文官試験（行政・司法）に合格し、本土での立身出世の道を捨てて、台湾人の人権を守るため、弁護士として故郷の台南へ戻った。
その後、日本が敗戦によって台湾を去ると、台湾は本土から乗り込んできた国民党側による白色テロの標的とされてしまう。その代表的な事件が、2.28事件という国民党軍による台湾人大量虐殺事件だが、この事件の最中、湯徳章は、無実の罪をかぶせられ犠牲者数万人の1人となって銃殺されるが、湯がかばったことによって処刑を免れた台湾人の数は限りないといわれる。
銃殺されるとき、徳章は日本語で日本人に対して「日本人として私がすべての罪をかぶって死んでゆく」と叫び、そして、台湾人には台湾語で「決して負けてはいけない」と叫びかけたという。
湯徳章は、真の台湾人政権、蔡英文政権が誕生した2016年（銃殺されてから約50年後）中央公園にその名がつけられ、その命日は台湾で「正義と勇気の日」に定められたという。
日本人が「もっとも好きな国」として挙げ、台湾人も「もっとも好きな国」に挙げる日本とのこの二国の関係史を知る上にはまたとない一冊といえる。
（16年12月発行）