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水燃えて火 神津カンナ 中央公論新社
歴史上の人物、といっても決してメジャーではない、かといって無名と言う訳でもない三人を題材に描いた長編力作、といってよい一冊だ。
その三人というのは福沢諭吉の娘婿でのちに「電力王」と呼ばれ木曽川に数多くの水力発電所を作った事業家福沢桃介、日本初の女優として欧米でも活躍した川上貞奴、桃介が作ろうとする木曽川のダムによって、木曽ヒノキの輸送路を失うことを怖れた木曽の住民の先頭にたって反対運動を行った島崎藤村の次兄、島崎広助という、いずれかの一人をとっても興味津々の面々である。
しかもそれらの主要人物に加えて、当時の日本の電力開発事情や政治状況、あるいは、女性の地位、演劇界の状況、さらには今日にいたる日本林業の歴史や、エネルギー開発と自然破壊の問題、といった実に盛りだくさんの問題を物語のバックグラウンドに取り入れており、この作家の博識多才ぶりと、なによりも書くことへの情熱の強さには驚かされるが、余りに盛り込まれ過ぎた内容にいささか食傷気味なところもないではない。
そもそも、福沢諭吉に女婿がいてその人物が電力王といわれ、事業者としては一癖も二癖もあるが魅力のある人物であったこととか、夫、川上音二郎とともに明治時代、演劇界を担った貞奴が、音二郎亡き後、福沢桃介の妾的立場で、桃介の事業のよき理解者として彼を励ます一方、明治大正の演劇界に多大なる貢献をしたこと、あるいは島崎広助が代表する地域住民と、電源開発という自然破壊の宿命的な軋轢、といった問題は、本書を読むまで全く知らなかっただけに、よくここまでの事実を掘り起こしたものだと感心しきりであった。
株式投資を嫌った福沢諭吉やその娘（桃介の妻）の反対をしり目に投機による成功によって得た金をまさに「山師」として電源開発につぎ込み、道徳的にも非難を受けるであろう妾をもった桃介、あるいは妾の地位にありながら臆することなく堂々と振る舞った貞奴、又、藤村の人物像、広助の置かれた村総代としての立場などに関しての、作者の目線は、時には「小説家」となって多分に想像を交えて展開するのだが、作者ならではの「桃介びいき」「貞奴びいき」といった部分が出過ぎるところも感じられ、この小説になんとなく職業作家ではあり得ないようなストーリのムリ展開やら、「しっくりしなささ」を漂わせているように思えてしまうが―――そこが又、この作家の良さなのかもしれない。
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作家は間違いなく才媛であるとは思うし、感心させられるものが十分すぎるほどあるが「一小説家」として見た場合、才が溢れすぎて―――という部分が多々みうけられるように思えた。
（17年3月発行）