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イスラム飲酒紀行 高野秀行 扶桑社
かつて禁酒法があった国だからおかしくはないのかもしれないが、アメリカのユタ州を訪れた時、この州がドライ・ステート、すなわち禁酒を州法で定めた州であると聞いて、一緒に訪れたアメリカ人の飲み仲間と酒を飲む算段を考えた。
一人がカリフォルニアから持参したウィスキーをレストランに持ち込み、氷を頼んで食事の最中に、テーブルの下でコップにウィスキーを注いで、何食わぬ顔で氷をいれてオンザロックを飲む！というまるで修学旅行中の高校生のようないたずらっぽい飲み方をやったが、殊の外、そのウィスキーが美味かった記憶がある。やっぱり「盗み酒は美味い」という話は本当だったのだ―――と思ったものだったが―――。
ユタから帰って色々聞いてみたらユタはモルモン教徒が多く酒の販売や、提供に関しては色々と厳しい制限はあるものの別に州法で禁じている訳ではなく、飲みたい人にとって飲む方法はいくらでもある―――ということだったから、サウジアラビアのように酒ビンが見つかっただけでも宗教警察に逮捕されて鞭打ちの刑を受ける―――（これも聞いた話ではあるが）といった厳しい禁酒国とは訳が違うようだ。
多くの宗教が戒律で酒を禁じているのは、それらの宗教の開祖たちが酒は人間にとって快楽を与えるものであり、宗教が説こうとする厳しい戒律の妨げになる―――と考えたからだろうと思うが、禁じても、禁じても人が酒を飲みたがるのは、これまた自然の成り行きであり、大方の宗教では、なんだかんだ言って結局、酒を絶対的に禁じることは諦めているといってもよい。日本の高名な僧で酒好きは多いし、キリスト教ではワインをキリストの血、と言って飲んでいる―――。
本書は酒飲みを自認する著者が、戒律で厳しく酒を禁じているイスラム教の国で、酒を探し、そして飲んだ記録を、ルポ風に書いたもので、同じくイスラムの国であれやこれやの方法を使って、酒を飲んだ経験のあるタカさんにとっては、なんとなく親しみの持てる旅行記だ。
その禁酒破りの旅先といえば、カタール、パキスタン、アフガニスタン、チュニジア、イラン、マレーシア、トルコ、シリア、ソマリランド、バングラデシュといった国々だが、本書で書かれているように、どこの禁酒国でも、結局、どうにか飲める！というところが、なんだか、酒を禁じた神と、その禁をどうにか破ろうとする人間との滑稽な追いかけっこを追体験するようでおもしろかった。
今や、厳しい禁酒国といわれるイランも革命前は、世界有数のワインコレクターの王室がいたし、トルコの国父と言われるケマル・アタチュルクは、酒の飲み過ぎで肝硬変になり死亡していると聞けば、どうしても酒に厳しいホメイニや、トルコで独裁に進むエルドワンよりも親しみを感じてしまうのが、無信心者の酒飲みであるタカさんの性といってよいのだろう。
（11年8月発行）