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信長嫌い 天野純希 新潮社
「一人を殺せば悪党だが百万人を殺せば英雄だ」というのは映画「殺人狂時代」でチャップリンが語った名言だ。
スターリンや毛沢東のように数千万人単位で人を殺した指導者は、今も英雄として彼等の崇拝者達の尊敬を集めているし、二人とも犯罪者として処刑されたのではなくいわば天寿を全うして死んでいる。
戦国武将にしてもそうだろう。戦国の世を勝ち抜いていった武将ほど当然、多くの戦いに勝ち抜いた訳でありそれだけ多くの敵を死に追いやっている訳であるから「英雄」と言われていたとしてもチャップリンのいうところの「悪党」の大型版ということなのかもしれない。
今や戦国の英雄と言われる信長などはその典型かもしれない。信長が戦国の覇者として躍り出るまでには、実に多くの人びとを殺しているのは事実だ。
比叡山の焼き討ちや、石山本願寺との戦いでは女子供まで皆殺し等ということもやっているけれど、今やそんなことをあげつらう人はいない。所詮歴史は、勝者の、そして勝ち残ったものの歴史であり、敗者や死んでいった側のものではないのだ。
この物語は、信長という戦国の雄、勝者の側からみた歴史物語ではなく、信長に負けた、あるいはどうしても勝てなかったいわゆる負け犬の側からみた歴史物語だ。
お公家さん気取りの愚将といわれ今も嘲笑の的になっている今川義元、姉川の戦いで敗れた真柄十郎左衛門、戦の形勢が悪くなる度に軍を見捨てて逃げ回り続けた六角承禎等々、信長によって葬られ今や人々に忘れられている負け犬の立場からの物語であり、彼等七人のみじめなまでの負け犬振りによって信長という戦国のサイコパス英雄を浮かび上がらせるという中々面白い読み物である。
（17年5月発行）