琥珀の夢（上下） 伊集院静 集英社
サントリーの創業者、鳥井信治郎の生涯を描いたこの作品を小説というべきか、それとも伝記というべきか迷うところである。
というのも、長編小説と言うにはいささか綺麗ごとに過ぎる部分が多いようにも思うし、伝記と言い切るには時代背景などの部分には、多分にドラマチックな描き方も見られるからであるが――。
一代で日本に洋酒文化を根付かせ、今や世界の飲料メーカーとなったサントリーの創業者、という実に興味深い日本人を簡潔な形で描き切ろうとすれば、こういった形の小説になるのだろうとは思うが―――。
大阪の船場の商人の生き方、その人生観とはこういうものである―――という意味でも多分に興味深い話しでもあり、そんなバックグランドを持つ人物が、よく描けていると思う。少なくとも、読んで損はない作品ではある。
そもそも、洋酒文化とはまったく馴染のない日本が、今や世界の五大ウィスキー産地といわれるようになるまでの（そう言っているのは日本人だけかもしれないが）ウィスキー文化を定着させたのは、間違いなく鳥井信治郎の業績であり、彼が竹鶴正孝と出会った事、本場のワインとはまったく違う飲物である赤玉ポートワインを作りだし、洋酒文化の基礎を日本に定着させ、その利益を大バクチ的にウィスキー醸造につぎ込んだことなどの、数々のドラマがあったからだが、その辺りのドラマチックな経緯が、日清、日露、関東大震災、太平洋戦争などの歴史的背景、そして鳥井自身の、人情に厚く、信義を重んじるという大阪商人らしい性格や心情を浮かび上がらせる中で語られており面白かった。
（17年10月発行）