聖職の碑 新田次郎 講談社
新田次郎の山岳小説は、その緻密な迄の資料集めに基づいた描写故に、迫真力に溢れている。
題材となったのは大正2年に起きた中箕輪尋常高等小学校生徒ら37名の中央アルプス主峰伊那駒ヶ岳における山岳遭難事故である。
明治以来続く鍛錬主義の一環としての駒ケ岳登山修学旅行は、当時台頭してきた「白樺派」の感化を受けた理想主義教育、自由主義教育と相対するものであった。
校長の赤羽は、若手教師たちの理想主義に理解をしめしつつも、それが放任主義になる恐れもあると危惧していたこともあって修学登山を実行することにした。
しかし、この登山は異常なスピードで接近する台風に遭遇、一行は行く手を阻まれ停滞を与儀なくされる。避難小屋に逃れるもその小屋は壊れていて土台の岩だけの姿になっていた。
急造の小屋を作り僅かばかりの風雨を凌いだのだが―――一人の生徒が衰弱死しそのことをきっかけに生徒たちはパニックに陥り、同伴していた山岳登山のOBたちが小屋を飛び出したことで仮小屋は吹き飛びやむなく生徒たちは下山を始めるのだが―――。
命を賭した赤羽校長の献身的な努力がこの悲惨な遭難の中で一段と輝いて描かれている。
本作が新田次郎の遺作となったようだが、やはり山岳小説の第一人者としての彼れの最終作に相応しい傑作といえると思う。
(11年6月発行)