わたしを離さないで カズオ・イシグロ ハヤカワ文庫
ノーベル文学賞候補として毎年、日本人の期待を集めている村上春樹がこれまた毎年、受賞を逃しているのにがっかりしている村上ファンは多いようだが、村上の作品をさほど評価していないタカさんにとっては、日系イギリス人であるカズオ・イシグロの受賞は、ある意味村上以上に日本人枠の受賞のようにも思えて、「なるほどその手があったか」と思うと同時に、ボブ・ディランへの文学賞授与で（ディランが授賞式にさえでてこなかったように）前年、散々コケにされたノーベル賞委員会だけに、よく考えたものだと感心した。
長﨑生まれだが、幼少時からイギリスに渡り、日本人としての文化的背景はうっすらともっているとはいうものの英語を母国語として育ちイギリスに帰化しているという彼を日本人というかどうかは微妙なところではあるが、日本人の多くがタカさんのように、あたかも日本人がノーベル賞を受賞したかのような満足感を覚えているのだから、村上春樹に賞を与えるよりも世界的にはインパクトがあったのではないかと思う。
カズオ・イシグロは寡作とはいうものの長年にわたって書き続けており、出す作品はいずれも人気作となり映画化されたものも多く、文学者といえるものの商業作家的な側面が強く、村上よりもノーベル賞への注目度、好感度を世界的に高めるインパクトは村上以上に高かったように思う。
その、イシグロの作品の中でも人気の高いのがこの作品だが、取り上げている題材がクローン人間による臓器移植というあまり触れたくない生命倫理の問題であるというセンセーショナルさが、イシグロの文学的繊細さによって薄められており、ある面、抒情的な作品とも感じられるし、臓器提供の時期が刻々と迫るドナーたちの心の描写の部分などは、ある意味ではスリラーを読むような感覚にもとらわれる。
文章が平易であり読みやすく、どちらかというと難解なノーベル賞作品の多い中では、本作は読み始めからとっつき易く、どちらかといえば軽い感じがしなくもなかったのだが、読み進むにつれて人の命という実に重いテーマが繊細かつ美しく描かれており、ぐいぐいと吸い寄せられるように読み進み、特に最後の部分にいたっては、その文章の平易で淡々としている割にはそのいみすることの重厚さ故に、おもわず震えるような感動を覚えた。
ノーベル賞に新風を吹き込むすばらしい作家だと思う。
（08年8月発行）