クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文春文庫
日航機が御巣鷹山に墜落し600人近い死者を出した未曾有の航空機事故が起きたのは1985年だったが、作者は当時、御巣鷹山のある群馬県のローカル紙、上毛新聞の記者であったことはよく知られている。
この体験をもとに、作者が事故から17年後に、あの墜落事故を追う地方紙記者の活躍と葛藤、社内の人間関係、家族との絆、友情といったテーマを配して、書き上げた本作は、臨場感に溢れ、著者の作品の中でも傑作の呼び声が高い。
主人公悠木は事故発生のその日、同僚の安西とともに谷川岳の岸壁、衝立岩への登攀を予定していた。
地元紙の遊軍記者であった彼は、急遽この事故の全権デスクに指名され衝立岩にはいけなくなってしまった。
墜落現場が特定されそれが地元群馬であることが明らかになった時点から地元紙は一気に事件の前線に位置することとなり、全国紙との取材合戦に巻き込まれる。
逸早く現場に駆け付けた同僚からの第一報は、朝刊に間に合うのか―――息詰まる時間との競争の中で、決断を迫られる悠木―――。その時間、衝立岩に向かっていたはずの安西は、倒れて病院へ運ばれていた―――。
輻輳的に悠木の息子との問題、友情、過去の大事件での手柄を唯一の生きがいにしている古参の社内幹部等のやっかみによる妨害―――さらには新聞社内部の社内政治といった問題が物語に組み込まれ、特ダネを追う新聞社現場の生々しい雰囲気が実によく描かれている。
得てして、こういう物語に於いては主人公は、ヒーロー的に描き出されるものだが、この作品では、もどかしいほどに悠木の判断は、裏目、裏目に出てしまい正直いって読者の中にはフラストレーションを感じる人も多いのではないかとも思うが、これは恐らく作者自身の生の体験に基づいてかかれたドキュメンタリー的な部分であろうと思われ、正直に描かれているのかもしれないと思うと、却って物語そのものに真実味に基づく迫力を感じる。
体験は人それぞれちがっても、ほとんどの人の体験は、むしろこの主人公同様の挫折と失敗の繰り返しであり、決して成功体験ばかりではない―――という事実に思いいたれば、この物語が作者の渾身の傑作との評価を受けている訳が、理解できるような気がする。
（06年6月発行）