銀河鉄道の夜 宮沢賢治 新潮文庫
アンデルセンは今から150年位前の人でありグリム兄弟にいたっては200年以上前のひとだが彼等の童話は、人類の遺産として今後何世紀も子供たち、そして大人たちにも心のよりどころとして読まれ、そして記憶されていくに違いない。
日本の童話も小川未明や浜田広助といった今から100年程前の作家達の作品が、日本の近代童話の最盛期を形作り未だもって彼等を超える作家が出現していないようにも思うが、そういった主流とは全く違った流れの中にいて宮沢賢治は、独立峰のように日本の童話のみならずいわゆるメルヘンの燦然たる輝きを失っていないし、彼を超える者は今後も出て来ないのではないかとさえ思われる。
賢治の作品は子供の頃から何度となく読んできたし、ラジオ、テレビなどでも数限りなく放送されているけれど、常に数年に一度は手に取って又、読んでみたくなる魔力的な魅力をもっている。
本書は20年以上前に買って時に触れては手にとっている一冊だが、今回も収録されている全14編（童話13篇、戯曲1篇）を通して読んでみたが、あらためて賢治の独特の詩情に触れて様々な思いにとらわれた。
やはり表題作「銀河鉄道の夜」が素晴らしい。主人公の少年ジョバンニ、その親友カムパネルラが夜空に横たう銀河をはしる銀河鉄道にのって旅をする――という美しい抒情的なメルヘンだが、なぜか全編にただようのは美しいながらなぜか物悲しい情緒であり、これこそ賢治独特の詩の世界だと思う。
その他に、「よだかの星」「セロ弾きのゴーシュ」などの良く知られた作品や、「北守将軍と三人兄弟の医者」などのあまりなじみのない作品もあるが、一貫しているのは賢治が帰依していたという法華経の世界、特に「不殺生戒」と「大慈悲」精神がどの作品にも強く反映されているということだ。
10年程前に石巻を旅行して賢治の記念館や賢治のつくった理想郷イーハトーヴォの面影を見て回った時のことを懐かしく思い出した。
（86年6月発行）